お話しましょう

011

「あれ、言ってなかったっけ」

 控えめに切り出した言葉は、ぱちくりと垂れ目を瞬かせる彼の表情で返された。すっかり忘れていたらしいそれに、再度名前を聞いてみる。

「会長だよ」

 その瞬間、知らず知らずのうちに息をのんだ。凛とした雰囲気と可愛らしい仕草のどちらも持つ滝本と、野性的な魅力を秘めた男らしい神宮寺会長。恋人らしく寄り添いながら笑いあう光景があまりにも自然で、一瞬現実か空想かわからなかった。

「っていうのは、冗談で」

 滝本は、口元を手で隠しつつくすくす微笑む。冗談。付け加えられた言葉を耳にして、空想の二人に罅が入った。口を開け放したままだったらしい僕を見て、滝本が仕草で閉じるように促す。ようやく現実に戻ってきた僕は、胸にほうとした温かさが点るのを感じていた。

「だって、あんなのタイプじゃないよぉ」

 頬に手を当て、もう片方の手で僕の頭を叩くように撫でる。少女めいた、というよりも近所のおばさんが脳裏を過った。

「タイプじゃないって…」

 会長といえば、親衛隊の規模も最大のうえ、普通のファンも多い人格者だ。滝本が惚れたとしても違和感は一切ない。

「いやさー、だって、あれだけ苦労しょいこんでさぁ。わりと口うるさいし、俺のこと子供扱いするんだよね」

 彼は、ふくれっ面になって会長への文句を連ねる。僕と彼は同学年で、会長は一つ年上だ。実際に会長が年上ではある。ただ、彼にとってそれはとても不満なようだ。

「その点さ、琴平さんはちゃんと話聞いてくれてそれでいて俺を対等に扱ってくれてー」

 文句が賛辞にかわり、言葉は続く。頬を染めて緩んだ笑顔を浮かべてひとつひとつの特徴をあげていく姿は、やはり恋する乙女だ。恋が人を変えるのか、もともと滝本に二面性があったのかはわからない。

 垂れ流される賛辞を耳にしつつ、手を動かす。話すことが尽きたのか、ふいに声が途切れた。食器棚に戻して振りかえる。滝本と目があった。何かへの興味で輝く目、うずうずと収まらない口元。微笑んで続きを促す。

「…桜井くんって、好きな人いるよね?」

 まるでいることが前提のような問いかけ。僕は思わず目を瞠った。
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