短編集

50000打記念

!第三者視点のsight本編終了後の二人
!岸砥真保さん、リクエストありがとうございました



 クラスメイト全員が揃ったのは、夏の始まりになる。今まで、一人の生徒が身体的な理由から授業やイベントに参加できなかったためだ。クラスの交流の場となるそこに参加できなければ、どうしても存在は忘れられてしまう。結果、数か月経った今になっても、彼はどこか転入生のような扱いだった。

「ねぇねぇ、サブロウ元気?」
「うん。散歩のとき走り回ってるぐらい」
「へぇ…僕も飼いたいなぁ、犬」

 クラスメイト数人と話している古賀光。彼が、盲目となったために普通の授業を受けられない生徒だ。しかし、今は、休みのたびに顔を見せ、様々な会話をしていく。主な話題は、彼が飼っている黒柴と趣味である読書のことだが、それなりに勉学が優秀らしく勉強を見てもらうクラスメイトも増えてきていた。

「古賀…」

 かくいう俺も、その一人である。おずおずと差し出した冊子の題名を言えば、どこがわからないのといとも簡単に願いを受け入れてくれた。ありがとう、あんたは俺の神様だ。

「この、数式の意味がわかんねぇんだよ…」

 代数の公式を示して、古賀へ尋ねる。彼は、俺もつまずいたよ、そこと朗らかに笑った。サングラスの下の眼は、プラスチック製だと聞いていたが、少々の違和感程度しか感じない。彼なりの努力の成果なんだろう。

「これは、こうして…」

 大きめの端末が取り出され、手慣れた操作で白紙の画面が現れたかと思えば、公式の理由となる図式が浮んできた。古賀の丁寧な解説とともにページがぱらぱらと動き、図式も変化した。

「おお…、そっか。そういう意味だったんだ」
「うん。ここ理解すると納得するよね」
「そーそ。納得できねぇと公式なんて覚えらんねぇからな」

 わかりやすい解説を受け、持っていたノートに簡単に書き留める。きちんと目を見て礼を言えば、彼は優しく微笑んで、どういたしましてと返してくれた。

「化学でさ、古賀がわかんないとこあったら俺に聞いてくれ。得意だから、教えられると思う」
「…ありがと。じゃあ、今度教えてね」

 休み時間の終了を告げる鐘が鳴り、古賀へ手を振った。雰囲気でわかったらしい彼も、軽く手を振ってくれるのを横目で見てから席に着く。これで、次の授業は安泰だ。


 昼休みの時間。古賀は、何人かのクラスメイトと昼食を摂っていた。クラスとの交流がなかったときから仲が良かったらしい志藤含めた彼らは、あまり背が高くない集団だからか、どこか華やいだ雰囲気があるように思われた。

 男子生徒でもスキンケアや化粧に興味がある、どこかの親衛隊らしき人物がひとり混ざっているのだから仕方ない。もうひとつ理由をあげるとすれば、以前から仲が良かったらしい志藤の存在だろう。彼は、和風美人といった言葉がぴったりくるのだ。特に、洗練された所作や姿勢が目を惹く。ひそかに人気で隠れ親衛隊なるものがあるらしい。

「志藤くん見詰めてどーしたんだよ」

 友人が声をかけてきた。からかい半分の笑顔で椅子を引く。手には、先ほど買ってきただろう焼きそばパンがあった。

「いやぁ、あそこがちびっこ空間だな、と」

 そう言えば、友人は、平均身長だからと目を眇めて訂正する。それでも、クラスを見回せば一段頭が低いように見えた。頭一つ下にある友人の顔は、ふてくされている。視線に気づいた彼は、もそもそ昼食を口に含めた。

「平均身長…の中でも、古賀、埋もれてるな」
「だよなー、めっちゃ埋もれてる」

 友人も同意見だったらしい。結構華やかな周りに比べて、古賀は平凡だ。サングラスと白杖に目がいくが、それだけだ。平均的な身長と体重、どこにでもいそうな顔立ち。まぁ、目を惹くものはない。もう一人のクラスメイトも平凡だから、問題ないだろうけど、やっぱり普通の生徒だった。

 目の前の友人の方が目鼻立ちが整っているとは思う。それぐらいに、彼は目立たなかった。パンを食べながら、なにと聞いてきた彼に、かわいいなって思っただけと返す。喉を詰まらせながら彼はばかかてめーはとそっぽを向いた。耳が赤くなっているのは指摘しないでおこう。

 昼休みの時間が半分ほど過ぎたころだろうか、唐突に教室の扉が開いた。

 もちろん視線はそこに集中して、教室中の空気が揺れる。ストローを口にしていた友人は、飲んでいたものを吹き出しかけていた。昨日街頭で貰ったティッシュを差出しておく。これほどの人間の注目を浴びるような人物なんて数人しかいない。古賀がいることを念頭に置けば、見なくても誰が来たかなんて一目瞭然だ。

「光。食事、終わったか」
「大河さん。はい、さっき食べ終えました」

 甘い。実に甘い。声だけでこっちが吐きそうだ。声をかける彼もだが、答える古賀も、さっきまでの表情とは一転している。まさに花畑。ああ、あれが恋人同士の空間ってやつか。少しだけ羨ましいような気がする。
 かたん、と音がして横目に見やる。彼らの寄り添いあう背中が廊下へ消えていくところだった。

 いまだにざわめきを残す中、目の前の友人がひとつ呟く。

「…二人だと衝撃でかいな」

 顔を覆って机につっぷす彼は、どうやら二人の空気にあてられたようだ。視界の端には、同じように机につっぷしている人が幾人か映る。また、それと同じぐらいの人数で目を輝かせて盛り上がっている生徒もいた。その他は、少しだけ話の肴にして普段と同じ空気に戻っている。
 彼の頭を撫でて、いい加減慣れた方がいいよとアドバイスしておいた。
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