短編集

50000打記念

!sight本編終了後
!ひよこまめさん、リクエストありがとうございました


 ぽふぽふ、と絨毯を踏みしめる足音が聞こえた。光は、暗闇の中に耳の垂れた虎を見つける。そのまま隣のソファが沈み、暖かな重みが膝の上に乗った。

 手が自然と慣れてしまった定位置、彼の頬へと伸ばされる。仕事が重なっているのか少々鋭くなった頬、柔らかな眦を通って、猫毛らしい髪の毛に触れる。さらさらと指の間を通り抜けていく。ふと、頬にあった手の手首をとられ、掌に、ほんの少し熱のこもったものが一瞬だけ触れて離れていった。軽いリップ音を拾い、キスされたことを知る。

 虎の、自然ととろけた眼が、こちらを捉えた。思わず笑みが広がる。そうすれば、頬を暖かいものが包み込んだ。少しざらついて固い指先の大きな手のひら。目元にあった指先が、熱を持った瞼の上をするりと撫でては戻っていく。異物を入れているための違和感を慰めるような動き。暖かなそれに、子犬のように擦り寄る。

 膝の上から忍び笑い。誰もを惹きつける、低いけれど張りのある声。愛しいそれを聞いて、目を細めた。

「大河さん」

 頬に寄せられた手に、今度はこちらから軽いキスを送る。先ほどのお返しのつもりだったのだが、まだ慣れていないせいか、反射のように頬に熱が集まった。赤い顔をじっくりと眺める視線に、彼の瞼を掌で塞ぐ。今度は、喉の奥でくつくつと笑っていた。機嫌のいい猫が喉を鳴らすように。それにつられて、頬が緩んでいく。声も漏れだし、不思議と和音となって響いていった。

 ひとしきり笑って、息をつく。暖かな重みに手を乗せ、ゆっくりと動かした。添えていた頬が少しずつ暖かさを増していき、身体の動きが鈍くなっていく。ごろごろ、と聞こえもしない声を耳の奥で捉える。しかし、それも次第に小さくなっていき、仕舞には微かな寝息を洩らすのみとなった。

 あの、大きい虎のような風格だった彼が、今では子猫のように無防備に眠っている。
 力が中途半端に抜けた手を、光の頬から外して、ゆっくりとおろす。その間も、片方は高貴な毛並を揃えるようにゆっくりと撫で続けた。

「おやすみなさい」

 穏やかな寝息を拾いながら、彼の眠りが妨げられないように近くにあった布を引き寄せる。ぽんぽん、と母親がやるように軽く整えて、彼を見やる。

 真っ暗の中に浮かび上がる獣。本来なら、そこに見えるべき人の顔を見ることは叶わない。だから、どんな顔だろうか、と軽く空想するのだ。
 芸能人なら。知り合いなら。どんな人に似ているだろう。本当はどんな印象を与える顔立ちなんだろう。この人の眼の色は、髪の色は。

 くす、と頬が緩んだ。膝の上の体温が、ひどく心地よい。


 重厚な風紀室の扉を開く。先日の忘れ物を思いだし、祝日にも関わらず出勤しなければならない。そんな憂鬱をこめた溜息は、中途半端に途切れた。

 取調室。その中の中央に坐する、ふかふかのソファセット。仮眠にも使われることがあるそこに、二人の生徒が寄り添うあうように眠っていた。

 それに、彼は思いだす。風紀委員長が、三連休にも関わらず学校へ顔を出して、仕事を片付けていたこと。その恋人である盲目の彼が、手伝いたいと申し出て一緒に登校していたこと。

 目の前には、恋人の膝枕で無防備に爆睡する風紀委員長の姿。仕事が終わったのか、休憩なのか。なんていうか、幸せだなぁ。尊敬する彼がこれほどくつろぐ姿は見たことがない。自然と頬が緩む。ふと、彼はポケットを探って、あるものを取り出した。


 翌日、二人の携帯に画像データが追加されたことを知るのは、とある風紀委員だけだった。
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