musica
007
「それさ、俺が昔作った曲が入ってるやつ」竹内の手に収まっているプラスチックケースをとんとんと指で叩く。
竹内と初めて会ったときに「思わず逃げ出した」理由として挙げられたバンド。小淵は、すでにその活動を行っていない。一年前に、ふとしたきっかけで疎遠となってしまったのだ。それまでは、結構精力的に活動をしていたので、そのときの活動の際に聞いていたのだろう。
あのときから随分経ったのに、知っているうえに好きだったと言われれば嬉しいものだ。
「好きだって言ってくれて嬉しかったんだ。お礼みたいなもの」
竹内は、手渡されたディスクを凝視したまま目を丸くしていた。小淵が渡した理由を言えば、彼とディスクとを何度も見比べては口を開閉する。ふと何かに気付いた様子で、今度はポケットから携帯を取り出した。
『いいんですか?』
素早い動きで入力された文字は、どこでも見かけるゴシック体そのものだが、どこか踊っているように見える。竹内は、端末の向こうで目を輝かせ頬を染めて、小淵の答えを待っていた。こちらに向けられた犬の耳とぶんぶん振り回される尻尾。そんな幻覚に頬が緩んだ。
「もちろん」
竹内のために見つけてきたようなものだから。それを付け足すことはせず、ただ彼の頭を撫でる。竹内は、その手に気持ちよさそうに目を細め、ディスクをしっかり握りしめた。
視線が、小淵を捉える。ほんのりと色づいた頬の下、小さな口が動いた。
『ありがとう』
そこから音が出ることはなかったが、はっきりとした意味を含んでいた。正確に伝わったらしく小淵の眼が丸くなり、竹内はにっこり微笑んだ。
◆
その後は、軽く雑談をして解散となった。竹内と小淵は、意外と音楽の趣味があう。好きなバンドやジャンルの新曲を教えあったり、音楽番組について話したり、ネット上のアマチュア制作の曲など、幅は広かった。それほど話すことがあれば、十分休憩などあっという間で、毎日話したりないなぁと思いながら別れている。
「おかえり」
普段ならレジカウンターの奥で待っている叔母が、店の入口で待っていた。掃除道具を手早く片付け、レジの奥、スタッフルームを顎で示す。
なんだろう。店をもう一人の店員に任せて、さっさと引っ込んでしまった彼女の背を見ながら首を傾げた。