ネタ

鬼こごめ

 鬼。そんなもの、存在するはずがないと思っていた。だから、驚いた。
 鬼の姿に。



 日が暮れて、遊びに出た。いつもなら飛んでくるお小言も、今日だけは一切ない。勘助、と友人の名前を呼んで、振り向いた彼らの中に転がるように突っ込んだ。

「…っ、なにすんだ、ハチ!」
「いやぁ、勘助の顔が見えたから」

 ハチ−花村八喜(ハナムラヤツキ)の弾んだ声に、見事に尻餅をついた友人の眉間に皺が寄る。周りが笑いながら助けおこして、ハチは、怒鳴られる前に走り出した。後ろから、聞こえてくる声に追いかけられながらも、神社を目指す。
 今日は、祭だ。今年の雨に感謝するために屋台が並び踊りが始まる。村中の子供が楽しみにしていた今日。それは、今年、高校に入った彼も例外ではない。

「うわぁ…」
「こうやって見ると、うちの神社って立派だなぁ」
「街の祭だって、ここまで派手じゃないよな」
「こんな広々としてたんだねー」

 追いついてきた勘助たちが、それぞれ改めて感心したように呟く。高校生になって初めて村を出て街に寮暮らしをするようになったからだろう。自然と比較するような言葉だった。
 確かに、今通っている街にある神社とは比べものにならないくらい大きい。
 祭は、神事が行われる舞台を含め、どこか異様で活気のある空気を醸し出す。田舎、田舎とは言われても、ここの祭と神社だけは自慢できる。
 寂れてなんかいない、力強いままの神社。それの門である鳥居を潜り、彼らは、祭の空気に飛び込んだ。



「勘助っ、あれもや…」

 あれ。零れた言葉がぽたりと地に落ちる。周りは、知らない色をまとった誰かばかり。ちょっと呆れたような笑いを浮かべる知り合いは、いない。

 はぐれた。それが分かった途端、急に今までの高揚感が失せていった。突然、知らない場所になった見知った祭。漠然とした不安を抱えつつ、ひとまず合流するために、携帯を探した。

「て、あ」

 そういえば、携帯は充電してそのままだった。一日一回は充電しなきゃならない。なのに、昨日は遅かったせいか、充電する間もなく寝ちゃって、それで今朝慌てて充電して。浮かれ気分で出たせいか、すっかり忘れていた。
 …とりあえず、人混みから出よう。

 からからと虚しく響く下駄の音。やってきた拝殿前は、さすがに人が少なかった。みんな、屋台に群がってるか、特設された舞台近くにいるんだろう。夏特有の気だるい蒸し暑さと人いきれで火照った肌に、神社の空気はひんやりと冷たい。これを静謐な空気と言うのかもしれない。屋台の熱気があるとは言え、ここまで涼しくはないはず。
 思った以上に暑さと不安にやられていたみたいだ。冷たい石段に腰掛けて、一息入れる。まぁ、別にはぐれても、ここ地元だし、高校生なんだから大丈夫だろう。
 そんなときだった。

―――は、―――るよ―――

 歌声が聞こえたのは。
 寂しげな旋律を奏で、緩く切なく伸びていく声。夏らしい蝉の鳴き声や祭のざわめきなどがすべて遠くなっていく。別世界を作り出すような、綺麗な歌声。
 気付けば、ふらふらと足を踏み出し、周りは木に囲まれ獣道に立っていた。
 ここって…。祭の喧騒が先ほどより遠い。神社は山を切り開いて作ったものだと言われているから、おそらく、その林の中だろう。

「あ…」

 それを見た瞬間、吐息が零れた。

ひとつめのとしに―――

 ヒトがいた。暗い森の中、明かりもないのに、ぼんやりと浮かび上がる黄金の髪を揺らし、白い肌を粗末な色褪せた着物で覆い、ただ舞うように歌っていた。
 パキッ
 いつのまにか踏み出していた片足が小枝を折って、それが聞こえたのか歌声が止む。天使の目がゆっくりと開かれ、こちらを見た。碧玉。マリンブルーの目。宝石のように光が乱反射してきらきらひらひらと輝いて。

「綺麗だ…」

 落ちるように零れた言葉に、その人の目がわずかに震えた。だが、それだけで何事もなかったかのように視線を外す。まるで、俺が見えていないかのように、歌い始めた。

「っ、……おいっ!!」

 それが、自分を馬鹿にされているように思えたから。普段は、そんな態度をとられればこちらも無視するだけなのに、相手につかみかかっていた。

「え…」

 軽く見開かれた目に、俺の姿が映る。予想もしてなかったといった雰囲気。訳も分からず苛立ってつかんだ手が目に入り、慌てて離した。
 様子を窺えば、相手もこちらを見ていて視線が交わる。
 綺麗な宝石のような瞳。それに魅入られたように動けず、目を外そうとしても身動ぎもできない。

「あの…僕に話しかけてたんですか…?」

 澄んだ鈴のような声に、我に返った。彼の訝しげな表情にずっと見つめていたことに気付く。なぜか焦って答えを返した。

「そっ、…うだけど」

 少年は、
 曇り空の隙間から太陽が覗いたような、しおれていた花が咲きほころぶような、急に光に包まれたかのような。
 そんな笑顔になった。


 そのときの笑顔は、脳裏に焼き付いてしばらく離れなかった。夕飯を食べているときも、風呂で暖まっているときも、果ては夢の中でさえ。

「いってきますっ」

 がたんと音を立てて、椅子が跳ね上がる。痛む小指を気にすることなく、玄関に駆け寄った。昨日とは違って後ろから母親の文句が追いかけてくる。右から左へ聞き流してしまえば、脳内を支配するのは、あの少年の姿のみ。
 アップテンポで走る体は、軽くて、だんだん頬に当たる夜風が強くなっていく。

 約束。明日、またこの時間に会いに行くから。
 たどり着いたのは、神社の裏手に広がる林。神社を包み込むように木々が列を成す。



幽霊と少年的何か。たぶん薔薇だよ。神社的何かと一緒にいる子供は、神様になりそうですね。ちなみに、七つのうちまでは神様です。
悲恋になりそうな予感しかしません。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -