maskingtape

masked010

 菊井と耳元で叫ばれた。
 と、同時に背中を衝撃が襲った。倒れそうになりながら、どうにか耐えると同時に振り向く。

「悪いけど、そこに置きたいからどいてくれ」

 セメントの袋を抱えた同僚が、怪訝そうな表情で立っていた。仕事中ということを思い出し、慌てて謝罪を口にしながら横へずれる。彼は、ぼーっとすんなよと軽く太一の頭を撫でて作業に戻っていった。太一は、軽く頬を叩いて思考を追い払う。

「雇ってもらっているのに、こんなんじゃダメだ」

 目の前には、作業を終えたばかりの壁がある。風呂場になると聞いていたそこは、モザイクタイルを使ったおしゃれな壁にしたいと家主が言っていた。現場監督を通して伝え聞いていた言葉を思い出し、改めて作業のチェックを行う。
 貼る作業自体は、きちんと終えていたようだ。ずれはなく、出来映えも上々。目に見える部分であり、生活の中でほぼ毎日目にする箇所でもあるため、作業は慎重に行わなくてはいけない。

 そのはずなのに、今日は、ぼんやりしている。このまま集中ができないのであれば、現場の邪魔になるだろう。

 迷惑がかかる。それは、なんとしても避けなくては。左官職は、だんだんと仕事が減っている。少しのミスが、次の仕事をなくしてしまうかもしれないのだ。分厚い手袋に包まれた手を思い切り握りしめ、深呼吸をする。余計な考えを追い出して、現場監督の下へ報告に行った。

「――おう。菊井、今日は遅かったな」

 太一の報告に、縦にも横にも大きな体が振り返る。白髪交じりの短髪の強面が、太い眉を器用に片方だけあげた。

「すみません」

 少しだけ普段より低い声の上司に、機嫌が悪いことを悟る。当然だ。作業日数は限られている。丁寧さとともに時間との勝負ともなるのだから。頭をさげた太一の頭上から、大きなため息が聞こえる。

「作業は、きちんと終えてるみてェだがな。俺らの仕事は危ねェんだってこと、わかってるな?」
「はい」

 視線が痛い。当然の叱責に覚悟をしていたものの、心臓が早鐘を打ち、立っている地面を遠くに感じた。足の感覚が遠のいていく。違う、不当に責められているわけじゃない。しっかりしろ。言い聞かせながら唇をかみしめ、灰色の床を睨んだ。

「おーい、お前ら休憩だ。飯喰え」

 ふいに、監督が、体に見合った野太い声で昼休憩の合図を出した。散り散りだった同僚や先輩たちが集まってきて、それぞれの定位置に座り出す。
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