ねことばか

004

 主は、こうして週末になると花の金曜日らしく酒気を漂わせて帰ってくることが多かった。猫になった弊害は、ここに出ると思う。人間の数十倍と言われる鼻に、酒の匂いはとても強いものだ。トウヤは、ひとまず主から距離をとり彼を誘導するように歩いては立ち止まるを繰り返した。

 無事に自宅に帰れば、へべれけな彼が紡ぎだす愚痴や自慢を右から左へ聞き流しながら、水の準備。じゃこん、と水道の蛇口を叩き上げて水道水が流れ始める様子を確認し、ナァオと呼びかける。

「おぉい、トウヤぁ? どぉこだ…あ、みずぅ?」

 何度か催促すれば、千鳥足ながらもキッチンへ入ってくるサラリーマン。黒猫の隣で流れ落ちる水の元までくると、そのまま口につけて嚥下した。ちょうどいい頃合いで、主の顔に猫パンチを食らわせてから、蛇口を操作する。最近の蛇口は猫に優しい構造なので、問題なく水が止められた。

「いたいよ、トウヤぁ…」

 爪もつけずに食らわしたのに、主は情けない声で黒猫を呼ぶ。呼ばれた方はと言えば、身軽に床へ飛び降りて一瞥するのみだ。さっさと風呂に入れ。伸びてきた腕をぴしりと尻尾で弾いて歩き出す。

「トーウーヤァ…」

 後ろからは、大きなものがどすんと床に落とされるような音。見れば、主は泣きべそをかきながら床に寝転がってるではないか。普段なら、ここまですればわずかなりとも正気を取り戻すというのに。

 そんなに飲んだのかよ。トウヤは、仕方なしに引返して彼の頭をふにふにした。途端に強い力で胸元に引き寄せられ、酒と主の匂いが入り混じった妙な物を嗅がされる。

「トウヤぁ…きょーもかわいい、なぁ」

 強烈な異臭に何度もくしゃみをして、手で鼻を抑えてみるものの猫の手では期待したほどの効果はない。トウヤ、トウヤと飼い猫の名前を連呼する主。ぼたぼた、と大きな滴が落ちていくような声音で、希うように呼び続ける。
 それは、空に焦がれる飛べない鳥のような音色。

「透哉…あいたい、あいたいな」

 ビロードのような毛並の黒猫を抱きしめているというのに、お気に入りの飼い猫を腕の中に閉じ込めているというのに。彼は、そう言って一滴の涙を零した。
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