harmoney

007

 原因を探っているだけで一日が終わってしまうような予感がして、竹内は身を起こした。

 ひとまず、無礼を謝った方がいい。入店するつもりはないものの、今後もあの店へ行きたいのだから。

 机の上に放り出されていた鞄の中からボールペンとスケッチブックを手に取る。持ち歩きに適したハーフサイズのそれらは、筆談のために持ち歩いているものだ。厚紙を開いて、すでに使用済みのページを繰っていく。ようやくたどり着いた真っ白のページに、ペン先をあてた。

『小淵さん』

 はた、と手を止める。彼の名前は、確かに名札に書いてあった。だが、店先にいるだけの人間が知っていていいものだろうか。いや、よくないだろう。ボールペンでぐるぐると塗りつぶして、続きを書き始める。しかし、すぐさま手は止まった。こんな風に汚い文字は、見栄えがよくないのでは。べり、とページを破る。真っ白のページに書きつけようとして、汚れが目に留まった。唸りながら、再び新しいページを開く。

 いくつものゴミを放りながら、ようやくメッセージは完成した。丁寧に折りたたんでファイルに挟む。これで、明日は渡すだけでいい。ふと、壁にかけられた時計を見上げて短針がひとつ移動していることに気付いた。ほんの少しの言葉だというのに。竹内は、結局妙な時間の使い方をしてしまった自身に、苦笑いを浮かべた。

 翌日。白い壁と大きなガラスが見えてきた。もう少し近づけば、店名の文字もはっきりと読めるだろう。ぐ、と拳を作って、気合を入れる。出ない声で、よしと呟いて足を動かした。

 明るい日差しを取り入れた店内には、珍しく店主と彼の両方が揃っていた。端末を取り出して、日付と時間帯を確認する。水曜日。竹内の記憶が正しければ、この日はボイストレーニングを行っていない。彼女がいる理由がわかったところで、店内をもう一度覗きこむ。何を話しているのだろうか。二人は、手元の紙を指しながら何事か相談しているようだった。彼らの様子をもっと知りたくて、無意識のうちに身を乗り出していた。透明のガラスに阻まれて、慌てて身体を離す。

 店の外にいるだけでは、彼らの会話が聞こえないのは当たり前だ。防音施設が完備されているのだから。聞きたいなら、あの場所へ行かなければ。隣にあるベルがとりつけられた扉が視界の端を横切った。
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