harmoney

006

 ぼふん、と音を立てて身体をベッドに沈める。急激な気温の変化にあわせて、竹内のベッドカバーもふかふかの保温性の高いものへ変えられていた。触り心地がいいせいか、気付けば手を遊ばせてしまう。

 何の模様もついていない白い天井を眺めながら、思い浮かぶのは今日の出来事。

 逃げてしまった。何の意味もなく、おそらく好意だろう行動に対して、最も失礼な態度をとってしまった。

 竹内は、もともと臆病な性格をしている。一歩前へ出ろという親の小言は耳にタコになるほど。ただ、だからといって、ほぼ初対面の人に声をかけられようが、会話を続けることぐらいはできる。

「――…」

 息を吸って口を動かして、声を出す。それでも、喉に手を当てずに動かせば、ひゅーという音しか拾うことができない。ほう、と今度は意識して息を吐き出しながら、喉に手を当てた。

「なんで、帰っちゃった、んだろう」

 ノイズまじりの声を聞いて、改めて彼の姿を思い描く。

 よくいる、少し垢抜けた若者。音楽をやっていることだって、最近の風潮では珍しくもない。声も顔も姿も、飛びぬけて目を惹くということではない。もちろん、その他大勢よりは突出した風体をしているものの、どちらかというとクラスに一人はいる人気者といった気安く話しやすい相手だった。ただ、その笑顔が、人懐っこくてすごく安心するものだっただけ。楽しげに楽器に触れる姿が、無邪気なその笑みが、どうしても離れない。また、彼が作り上げた音楽がお気に入りで、何年も前の出来事なのに覚えている。彼に関しては、それぐらいだ。

 いくら憧れだったとはいえ、慌てて帰るような要因は、ない。竹内は、大仰な溜息をついて、寝返りを打った。

 竹内の視界に入ったのは、妹が残していったピンクと白がメインカラーのコミック。そこに赤でプリントされているのは、「恋」という文字だ。よくある少女漫画のようだ。

 いつのときもどんな場所でも、気付いたら相手の事を考えている。そして、心臓がうるさく、相手と一緒にいると感情の振れ幅が大きくなる。なんだか生きてるって感じがあるよね。

 空想好き、少女漫画好きの妹が、恍惚と力説していた台詞を思い出した。いつでも、どこでも。ぱっと思い浮かぶ、彼の顔。いやいや、ないない。竹内は、誰もいないのにわざわざ声を出して言った。
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