もっとちょうだい


「はなみ…真」


名前は僕を名前で呼ぶのに慣れてきたはずなのに今だに顔を赤らめる。

「どうしたんだい、名前」

「やっぱり真の部活の邪魔はできないよ。1人で帰れるから」

「そんなことないよ、名前を送った後に練習してるから問題ないよ」

そう言えば望んでいる答えが返ってくるのはわかっている。

「じゃあ私、真の練習が終わるまで待ってるよ」


あぁ、なんて馬鹿な子だろう。





「おまたせ、帰ろうか」

待ち合わせの昇降口に行けば投げ出された真っ暗な画面の携帯と膝を抱える名前

「どうしたの?」

顔を上げた名前は瞳に涙を溜めていた。理由を聞いても答えずに震える手で携帯を指差した

「見るよ?」

一声かけて電源をつければ途端に鳴る通知音。一回、二回、三回…幾度となく鳴り響く音楽。やっと鳴り止んだと思えばおびただしい数の着信履歴。ロングコール、ワン切り、中には名前が出たものもあって。


「名前、電話に出たのか?」

頷くだけで名前はなにも言わない

「誰からだ!!」

肩を掴んで大きな声を出せばビクッと身体を震わせる

「…知らない、女の子と無言電話」

やっとの事で口を開けば嗚咽混じりで泣き出した。その身体をゆっくりと引き寄せて抱きしめる。ほんのりと湿ったワイシャツに余程怖かったんだと悟る。柔らかい髪にそっと触れて涙が止まるまでそのままでいた。


「登録されてない番号からだったら電話に出ないこと。何かあったら僕に電話してね、何時でもいい。不安になったらすぐ連絡して」

「ありがとう、真」

繋いだ手をほどいて家の中に入る彼女を見送る。バイバイ、と恥ずかしそうに手を振る名前に思わず笑みを浮かべる。彼女が苦しむ原因はすべて排除しなくては。




名前の涙を見れたこと、髪に触れたこと、抱き寄せたこと。練習をサボった対価としては十分だ。電話をかけた女の目星はついていたし、少しキツく言えば泣いて謝った名前のものは綺麗だと思えたのに、そいつの涙は醜いとしか思えなかった。女の涙は武器、だなんてよくいうがあの女のは武器じゃなくて凶器だ。クソッ、気分が悪い。

時計を見れば午前2時、名前は眠っているだろうか。未だに彼女からの着信はない。嫌がらせをする女はもういないし無言電話もかかるはずがないのだから当然だ。でも礼儀正しい彼女の事だから深夜に電話をかけるのは悪いと思っているのかもしれない。恥ずかしがり屋の彼女が行動を起こすキッカケをつくるのは彼氏の役目だよね?


「名前、早く僕に助けを求めてよ」







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