本当のこと



それから桜が二度散った頃

刹那さんは体調を崩して寝込む事が多くなった


それを彼女に聞くと


「風邪よ、刹那が休みの間は双熾がSSをお願いね。お金は払うから。」

彼女の遊び相手として十分すぎる額はもらっていた

「あ、もういなくなる?」

返事をしないでいれば彼女は笑って言う

僕は何も答えない



「好きなだけいるといいわ。」

わかってる、僕がここにいられるのは迷子だからで


道がわかってしまったら彼女と別れなければいけない

僕は道を探すことをいつからかやめていた

どんなに他人に媚びていてもこんな風に思う事はなかった



彼女の傍にいたい、なんて。



・・・・・

ある日、刹那さんは僕を部屋に呼んだ


「名前を、頼む。」

初めて会ったときの敵意はもうなく、彼にしては弱々しい声だった

「…なぜ、僕にそのような事を?」

「俺はもうすぐ死ぬから。」

彼は笑っていった

本当は薄々気づいていた

ある晩、彼と彼女がどこかへ行ってその日を境に刹那が体調を崩しだした事


名前の名前を呼んで彼女が泣いていた事


「アイツ、すぐ泣くから心配なんだよ。」

「…でしたら、生きてください!」

僕にしては感情があらわになっていた


「…お前は怒れるし泣ける…笑顔にだってなれる。そんなお前だから頼んでいるんだ。」

刹那は咳き込んだ

押さえた手には血がべっとりとついていて彼の命が長くないことがわかった



「…僕に、彼女のSSになれと?」





桜が咲いた公園で彼は死んだ

僕が駆けつけた時には彼は彼女の腕の中にいた

「刹那…刹那!」

彼女の涙が彼の頬に落ちる

僕は手の中にある手紙を握りつぶした



『俺が死んだらよろしくな。
お前は優しいいい奴だって俺は知ってる。

だから

自分の行きたい道を行け、双熾。』



「…願っても、よいのでしょうか。」

涙を溜めた彼女は振り向く


「僕を、刹那さんだと思ってください。」

彼女は当然驚いた顔をしていた

「刹那さんを僕だと思ってください。」

「な、にを言ってるの?」

「僕は…あなたさまのSS…そう思ってください。」




刹那さん

本当に願ってもよいのですか?

僕の望みは叶うはずはなかった

彼女の隣の席は埋まっていたから


でもね、


彼のいなくなった彼女の隣に堂々と座る度胸は僕にはないのです

決してあなたの願いだからじゃない



これは、

僕の我が儘です…刹那さん


「刹那なんて人間をあなたは知らない。あなたのSSは昔から僕、御狐神双熾です。」

「双熾、私の…SS…」

彼女はとろんとした目で僕を見た

「はい、名前さま…」

僕は彼女の左瞼にキスをした






「…これが僕のお話できる事です、お分かりになりましたか?僕があなたを騙していた事。」

話終えた双熾は冷たいけど寂しい目をしていた


「…瞼へのキスは憧憬の証、僕はずっと名前さまに憧れていました。明るくて前向きで笑顔が…素敵で、ですから僕を置いていった事を気にしてほしくなかった。」

この気持ちを言葉に表す事はできなかった

なんて言えばいいのかわからない

今の話を聞いて刹那という人間の事を思い出した


彼は私を大切に想ってくれていて

だから双熾に記憶を封じるように頼んだ


双熾が気をやめる事ではないのに

悪いのは全部私…


「双熾…すこしだけ後ろを向いていて」

「…はい。」

双熾が後ろを向いたのを確認して



「…ふっ、うぅ…」

涙が、流れた

今までどんな事があっても泣かないと決めて

悲しくても辛くても堪えて


「僕はあなたを…許しています。だから、泣いてください。」



「うあぁぁぁああぁん!」

ずっと欲しかった言葉

「許してほしかった、笑って欲しかった…ごめ、んなさい…本当にごめんなさい…」

心のダムをあなたは簡単に壊してしまうんだね、双熾

「うぁぁぁぁん!あぁぁぁん!」

「大丈夫です、名前さま…僕はここにいます。」

後ろを向いていたはずの双熾がこちらを向いていてゆっくりと近づく


「やっ!見ないで!」

泣き顔なんて、見ないで

「はい、見ません。」


そして双熾は私を抱き締めた

「ずっと、会いたかった…会いたかったよぉ…双熾ぃ…」


「…僕もずっと…」


彼の服を私の涙が濡らしていく

私は泣く事に必死でエレベーターの音がしたのに気がついていなかった。




「ご、ごめん。服…濡らしちゃって。」

双熾の服は私の涙で濡れてしまっていた

「お気になさらず、失礼ですがシャワーを浴びてきてもよろしいですか?」


綺麗好きな彼の事だから濡れたシャツでいることはあまり好ましくないのだろう

「じゃあ私は帰るわ。」

扉に向かう私の手を双熾は掴んだ


「もうひとつ、お話ししたい事があります。待っていていただけませんか?」

「…わかった。」

双熾はニコッと笑ってバスルームに行ってしまった

その時、双熾のケータイが鳴る


凜々蝶からだった


「…凜々蝶。」




30分ほどして


ピンポーン

「双熾はシャワーだし、いいよね?」

ドアを開けると凜々蝶

「な、なんで君がここに…」

手に持っているメロン

制服

「…双熾は今シャワーよ。」

「凜々蝶さま!」

双熾がバスルームから慌てて出てくる

「中にいるから。」

双熾に言うと名前は中へ戻った


扉の外からは双熾と凜々蝶の言い合う声がする


「凜々蝶さま…」



あの子の名前を呼ぶ双熾なんて



いらないよ。

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