成るの少し前の話 ジェノスは考える。自分に彼女が生まれてこの方出来たこともないし、出来た現在どんな対応をすればいいのか少しもわからない。いわゆる恋人同士が恋人である為に必要なことは何であるか。何かしら今まで生きていて見聞きしたものはあるが、いざ自分がそのような行動をしようとすると果たしてそれは本当に世間一般では正しいのか。正しくてもそのアクションを起こすタイミングは今、これで合っているのか。全くわからない。しかしその各々を彼女に聞くのは些か野暮であるという事だけは、ジェノスは胸を張って言える。 隣を歩くナマエを見る。彼女の住むアパートまでもう少し。 彼女の機嫌はどうか、悪くはない。 右手になにか持ってはいるだろうか、持っていない。 今、手を握ったら彼女は嫌がるだろうか、それともやはり一声かけるべきか、それとも、 「え、ジェノスくんど、したの?」 「え」 「めっちゃ顔怖いよ」 「す、すまない」 「…私なにかした?」 何もしていない。何かしようとしていたのはジェノスの方である。 気付かぬうちに近付けていた顔を離す。心配そうな表情で自分を見つめるナマエにもうジェノスにはお手上げだ。俺はスマートに手も繋げないのか。どうしたらいいのか。 俺はナマエを愛しているが、彼女は自分を愛しているだろうか。 俺がやりたいことを受け入れてくれるだろうか。 彼女は一緒にいて楽しんでいるだろうか。これからもまたこうして隣を共に歩めるだろうか。 わからない。 わからないが、こう思い悩む事が一番良くないし、らしくない。わかっている。 ジェノスはナマエを見つめる。 彼女の頬と耳と鼻は寒さで少し赤い。 今すぐ触れて暖めたい衝動に駆られるが、あくまでスマートに、スマートに 「…ナマエ」 「ジェノスくん、手、繋ごうか?」 「え」 「あ…やだ?ごめん」 「いや、」 構わない、と言えば彼女は冷えた頬を嬉しそうに染めて、ジェノスの手に冷たい指先を絡ませた。 完敗だ。ジェノスは悔しさと己の情けなさで僅かに力を込めてナマエの手を握ると、彼女もまたジェノスの手をゆるく握り返す。 すると嬉しそうに彼女は目を細め、ジェノスに好きだよ、と言う。 その言葉を聞くのは二度目だ。 そして、その響きはジェノスの迷いを少しだけ晴らした。 彼女の住むアパートの前。ジェノスはまだこの小さな手を離したくないが、一度手を離す。 「…また、手を繋いでもいいか」 一瞬彼女は目を見開いたが、柔らかく笑った。 今度はきっとジェノスから、そしていつか口付けまで。 ◇ジェノスといちゃいちゃ甘い話 …に至るまで リクエストありがとうございました! |