荒船哲次とセクハラ事件。



夜勤明け、那須隊への引き継ぎを終わらせてから談話スペースとして設けられている…と言ってもテーブルと椅子、自販機と観葉植物、壁掛けテレビが置いてある程度の簡素な場所だけど。其処で紙コップのミルクココアを買って味わいながら飲む。温かくて美味しい。夜勤明けの身体に沁みますなあ。なんて、誰も居ない談話室で朝のニュース番組をぼんやりと見ながらのんびりと過ごす。ちょっとした習慣みたいなものだ。
何で自室に戻ってから飲まないのかと言うと、単純にこの場で紙コップを捨てて行っちゃった方が楽というだけの話である。風情も何も無い。

ちなみに、どうせこの後は何もやる事が無いので換装は解いてる。トリオン体で飲むよりも、生身で飲んだ方が美味しい気がするし。や、実際味覚に変化は無いんだけど。


「よお、夜勤明けか?」
「荒船君だあ。荒船君は狙撃手の練習に来たのかな。」
「まあな。そうだ、今度コツとか教えてくれよ。」
「あれ、荒船君って教えを乞うタイプだっけ?」
「いや?どっちかっつーと自分で考えて実践する方だな。でも、なまえの命中率の高さは何処から来てるのかは気になる。」
「え〜、的を物凄く見てる。」
「そりゃ皆そうだろうよ。」


そりゃそうだ。ちなみに、命中率と命中精度は別物だ。命中率は、とりあえずどれだけ的に当たるか。命中精度は、どれだけ狙った箇所にその通り当てられるか。だ。私は頭を狙ったつもりで思い切り肩を撃ち抜いたりする。当たるけど、狙った場所には中々当たらないのだ。でも、動いている対象への命中率はボーダー内でも上の方であると自負している。公言してはいないけど、強化動体視力持ってますから。持ってても、引き金を引くタイミングとか、思い切りとかがちょっと足りてないんだけどね。だから、本来狙いたい場所からはちょっとズレちゃうんだ。


「まあ、でも、荒船君なら狙撃手も上手くやりそうだねえ。」
「当たり前だろ。」
「わお、自信満々だ。そういうとこ格好良いって思うよ。」


にぃ、と口角を上げるこの男子高校生の格好良さたるや。お姉さんきゅんきゅんしちゃう。ちょっとよくそのお顔を見せてご覧なさいよ。なんて、荒船君の帽子を取り上げようとしてみたり、わちゃわちゃとじゃれ合っているとどんどんと楽しくなってきてしまう。荒船君って意外と悪ノリに付き合ってくれるって言うか、ついつい調子に乗ってしまう。帽子を取られないようにって椅子から立ち上がった荒船君は、私が立ち上がれないように頭を上から押さえ付けてくる。くそう、現在進行形でトリオン体な荒船君に生身な私が勝てる訳もなく、私のお尻と椅子の座面はばいばいすることが出来ない。

しかし、ここまで来たら最早意地である。なんかしらちょっかいを掛けたくなる、と言うか止まりどころが分からない。逃げられると追いたくなる人間の本能みたいなものだ。好きな子を無理矢理にでも構い倒して嫌われちゃうタイプの男子みたいな思考だな?…いや、そもそも普段ならここで「ごめんごめん。」と笑いながら引いたはずなんだけど。
ご存知の通り、今の私は夜勤明けの眠気のピークを乗り越えてテンションが上がっている。ランナーズハイならぬ、夜勤ハイみたいな。素面の癖に酔っ払いにも近しいテンションだ。伝わって。

そして、そんな私が帽子の次に目を付けたのは荒船君の喉元で控えめにちゃりちゃりと揺れるジッパーの持ち手部分だ。隙あり!と言わんばかりに指先でそこを摘めば、シャーッ!と勢いよく全て下げきり、最後のあの、なんかこうカチャカチャする所もぷつっと離してしまえば普段は締め切っている隊服が全開になった。大変満足である。

中に着ていたインナーはぴったりとした素材ではない。どちらかと言えば普通のTシャツみたいな、ある程度ゆとりのあるタイプだったんだけど、そんなインナーからも伺い知れる胸筋凄いね?勝手に私より腰細そう〜薄そう〜とか思ってた。ちゃんと身が詰まってるのか心配になる子ランキングトップ10に入ってたんだけど、そんな事ないのね?黒って着痩せして見えるって本当だったんだ、今度私黒い服買うわ。


「ははっ、なにしてんだよ。」
「ふふ、お兄さんいい身体してますねえ〜。」


ふっふっふぅ、なんて、こういう気持ち悪いおじさん居るよね。そう、今の私は紛うことなきセクハラ親父である。悲しいかな、その事実に私は気付く事が出来ない。と言うかね、笑顔で許してくれちゃう荒船君もね、宜しくないって思うの。そんな、そんなねえ、良い笑顔で許しちゃうからお姉さん君の腹筋に触ろうなんて思っちゃったんだよ?もっと怒っていいのよ。や、年下に怒られるのってどうなのとも思うけど。

流石に服の上からは腹筋の様子まではわからなかったので、ついつい確かめてみたくなってしまったのだ。ジッパーを下ろした時のノリのまま、この悪さしかしない右手はぺた、と荒船君のお腹を触った。固かった。なんか、こう、肉が着いてなくてただただ固いですよってあれじゃなくて、あ、ちゃんと鍛えてるのねって感じ。ひゃー、荒船君はお腹まで格好良いのねえ。なんてよく分かんない事を考えながら撫で回した。撫で回してた。男子高校生のお腹を、服越しとは言え、撫で回した。


「おいおい、擽ってぇよ。にしても、随分と積極的じゃねえか。なあ、なまえちゃんよお。」
「─── へ、あ、」


そう、私が我に返ったのは荒船君の腹筋を存分に撫で回した後である。いやこれ多分だけど割れてるよねって分かる程度には腹筋を堪能してた。何時もよりも幾分か低い声の荒船君に声を掛けられて、背中がぞわりとする。あれ、これ、怒らせたのでは?そろり、と右手を引っ込めながら視線を腹筋から荒船君のご尊顔に移す。口端は上がっていて笑顔を作っている様だったけど、おめめがね、笑ってないの。その目で真っ直ぐ私を見下ろしてくる、怖い。
いや、いやいや、そりゃそうだ。自分の腹筋を捏ねくり回されたんだから、荒船君には怒る権利がある。というか、そうか、私は荒船君の腹筋を撫でたのか…。再確認と共にぶわっと変な汗が出てきた。


「ご、ごめんなさい……。」
「そんなに俺の腹筋は触り心地良かったか?」


問われれば、腹筋の感触を思い出して今度は顔が赤くなる。良いか悪いかで言ったら大変良きものだったけども、この場で肯定するのも否定するのも違う気がして、何も言えずにいれば

「なあ?」

と、更に追求して来るので無言でこくこくと頷くしか無かった。必死だ。そんな私を見下ろしたままの荒船君は、大きな溜息を吐き出すとくしゃくしゃと私の頭を撫で回した。勿論、私に文句を言う権利は無いので黙って頭を鳥の巣にされることにする。もう、好きなだけやってくれ。無言で撫でられること数十秒。ぱっと手を退けた荒船君は、開いたままだったジッパーを上まできっちりと上げてから


「ほら、そろそろおねむの時間じゃねえのか。」


私を解放する理由をくれたので、お言葉に甘えてそそくさと、早足で談話室から逃走した。

引き継ぎ終了後はもう二度と談話室とか来ない。これからは、直ぐにお部屋に戻ることにしよう。そうすればきっと、こんな失敗は二度としないで済むはずだから。






「もう失敗しないって誓ったのに…」
「鋼に手ぇ出したもんな。」
「もうさ、荒船君夜勤明けの私の回収係りやらない?」
「やんねえよ。」




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