太刀川慶は駆け付ける。


なまえが影浦の元へと辿り着く頃には、既に戦闘が開始されていた。奈良坂が狙撃位置に着いた事もあり、漸く動き出した三輪隊が早々に影浦を補足して攻撃を仕掛けていたのだ。なまえが到着するまでの間、影浦のSEと絵馬の援護射撃でどうにかこうにか凌いでいたが、居場所を悟られた絵馬の元へと米屋が駆けて行ってしまった為、何時まで持つかは分からない。影浦も既に、眉間に深く皺の刻まれた三輪によって右脚に重りを背負わされており、動きの俊敏さは損なわれていた。影浦隊の快進撃もここまでか。と、影浦へと銃口を向けた三輪と奈良坂に実況席の武富が声を上げたその瞬間。グラスホッパーを使い急降下してきたなまえが、影浦の隊服を引っ掴んでその身体を後ろへと引き寄せると、三輪の鉛弾を防ぐ為にエスクードを呼び出しながら、素早くイーグレットを覗き込んで奈良坂の狙撃も相殺してみせた。

流れる様な防衛術に観客席がしんと静まり返る中、モニターに映るなまえは具合悪そうに眉をしかめた。胃が浮く感じが苦手だと言っていたその言葉は、どうやら嘘では無いらしい。緊張感も無く、落ち着かせる様に胃のあたりを撫でていた。


「──……影浦隊、流石に窮地かと思いきやこれはあまりにも鉄壁!!」
「見た!?佐鳥の師匠!!あれ!俺の!師匠なんで!!カッコイイ〜ッ!!」
「やっぱなまえさんは、SEの性質上後手に回った方が強いですねえ。攻めっ気の強かった影浦隊との相性補完も抜群って感じがしますわ。」


悔しいですけど、とは声に出さない。無い物強請りはしないに限る。だが、口元の緩やかな笑みとは対象的に、前髪が影を作る目元はすんと静まっていた。

一方影浦隊の作戦室では、影浦の危機的状況に思わず立ち上がっていた仁礼が、はああぁ〜ッと馬鹿でかい溜息を吐き出しながらその身体を椅子へと預け脱力していた。ひとまず、目の前の一難は去ったと。後は絵馬が米屋から逃げ切って別の狙撃地点を抑えられれば完璧だが。


「…ッたく、間に合わねぇかと思っただろ!」
「ごめんね、これでもお姉さん急いだつもりだったんだけど。」
「遅ぇ。」
「まあまあ二人とも。ところでユズル君、そっちはどう?」
「撃ってからすぐ移動はしてるけど、何処まで撒けるかは分からない。最悪、なるべくそっちから遠ざける様にはするつもり。」


エスクードの裏に隠れながら通信を通して自隊の動きを確認していた二人だが、勿論そんな悠長な事を許している様じゃA級に居る事は出来ない。エスクードを乗り越えたバイパーが、頭上から降り注いだ。影浦よりも一歩遅れてそれに気付いたなまえは、片脚に100Kg相当の重りを付けている影浦の待避をグラスホッパーでサポートしながら後ろへと飛び退いた。

防衛戦は得意だと、背中を守らせて欲しいとまで言って影浦へと自分をプレゼンしていたのは、どうやら大見栄を切っていたわけではなかったらしい。長年ソロプレイヤーを続けていたなまえだが、性格的に協調性が高かったお陰か他者の行動に合わせるという行為が苦では無かった。それに、どんなに素早い、咄嗟の一挙手一投足にも対応できる目を持っている。なまえが正常に動けている間は、影浦を落とすことは難しいだろう。それでも、チームで動く事を苦手だと言っているのは佐鳥の言う通り、得意な事以外は苦手だと思ってしまう性分のせいか。逆に言えば、そんな彼女が得意だと口にした事は、それだけで信憑性があると言うことになる。しかし、


「わ、!」


目の前の三輪は、影浦の伸びるスコーピオンことマンティスを警戒してか距離を取ってバイパーや通常弾で休み無く攻撃を仕掛けており、少しでも其方へと意識の天秤が傾いた瞬間を逃さずに奈良坂からの狙撃も飛んでくる。形成したエスクードも銃弾に崩され、鉛弾への警戒からイーグレットによる相殺ではなく集中シールドでの防御を選択せざるを得ない。しかし、エスクードが崩されたのならもう一度、ともいかない。なまえのトリオン量ではそう何度もエスクードを扱う事は出来ないからだ。三輪の鉛弾対策にとわざわざセットしてきたエスクードだったが、如何せんなまえ自身との相性はあまり良いとは言えなかった。

そして、どうにかこうにか防いでいた奈良坂の狙撃も、イーグレットからアイビスに持ち替えた事によって集中シールドも意味を成さなくなった。なまえの到着により漸く保たれた拮抗は容易に崩れ、米屋により緊急脱出させられた絵馬からの援護も期待出来ない。ふぅ、と短く息を吐き出した影浦が、重くなった脚の左右から突出している重りをスコーピオンで切り取ると、幾分か軽くなった脚をずるりと引きずって前に出る。マンティスの射程範囲内に三輪を入れるつもりだ。勝ちへの強い執着や拘りといったものは持ち合わせてはいないが、防戦一方なんてのは面白くないし、何より性に合わない。防御何てものは、勝手になまえがするだろう。しなかったとしても影浦にも戦闘向きのSEがある。
一歩一歩、足を引きずりながら前へ出る影浦の後ろで、集中シールドからイーグレットでの相殺へとシフトしたなまえだが、やはり高台から狙って来ている奈良坂の方が分はある。

この場を切り抜けるためには、せめて三輪か奈良坂のどちらかを退ける必要があった。奈良坂とスコープ越しの睨み合いを辞めたなまえは、イーグレットを構えていた腕を下ろして影浦の背へと視線をくれた。


三輪は影浦の接近を拒むように黒い弾丸を放つ。が、なまえにはもうそれを防ぐ手立てが無い。それでも影浦隊のエースを落とす訳にはいかないと、咄嗟にグラスホッパーを踏み付けて体当たりも同然に影浦の身体を横へと押し出す。突き飛ばされた影浦はすんでのところで鉛弾を避ける事が出来たが、なまえの遅れて舞ったひと房の髪へとそれが着弾した。仁礼とお揃いなのだと胸を躍らせた髪が、重力に従いなまえの身体を下へと押し付ける。なまえの喉から、か細い息が抜けた。

途端、胸の内側から気持ちの悪いものが込み上げて来るが、崩れる視界の中、茫然自失といった様子で目を見開いてゆく三輪の姿がスローモーションで映り込むものだから、泣け無しの理性を手繰り寄せて叫び出したくなるのを堪えるしか無い。そんななまえの背中を片腕で受け止めた影浦は、すぐさま髪を切り落とし奈良坂の射線を切るために建物を背する様にして三輪から距離を取った。

実況席では、どうしたのかという声とともに再び佐鳥へと視線が集まるが、その佐鳥すら困り顔を浮かべるだけなのでお手上げ状態だった。

身体が震えないように、呼吸が乱れて仕舞わないように。目の前で動けなくなってしまった三輪を気負わせない様に。誰にも気付かれないように、静かに呼吸を止めた。三輪は、影浦隊を追撃する気力が抜け落ちてしまったのか両腕はだらりと垂れ、通信機から聞こえる声もどこか遠くで聞こえているようだ。そんな三輪が相手では緊急脱出をしてこの場から逃がして貰う事も出来ず、今なお頭の中でぐるぐるとフラッシュバックしてくるトラウマに泣く事も出来ず、かと言ってなまえも三輪を撃退する事も出来ず、影浦はそんななまえの感情を受け、その原因を作った三輪への憤りからその場へなまえを残して三輪へ攻撃を仕掛ける。そこで漸くハッとした三輪だが、回避行動を取るばかりで迎え撃とうとはしない。その目には、今にも泣き出しそうな真っ白い顔で立ち尽くす事しか出来ずにいるなまえの姿ばかりが映り込んでいた。




勝った方と戦おう、その方が強い方と戦えるからな。なんて、二部隊の様子を高みの見物をしていた筈の太刀川が、それに付き合っていた出水を置き去りにして飛び込んだ。その姿を捉えた奈良坂からの狙撃が飛んで来たが、軽い身のこなしで避けて見せると、脇目も振らずになまえへと真っ直ぐに孤月を突き立てた。ほろほろと漏れ出るトリオン、トリオン供給器官破損により流れるアナウンス。太刀川の目は、初めに対峙した時の様な爛々とした輝きは無く、代わりに真剣さを帯びていた。


「悪いな、遅れた。」
「───…ありがとう、」


どうにか絞り出したその言葉を最後に、なまえの模擬戦は幕を閉じた。




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