お姉さん、戦線離脱。

満身創痍と言った様子だった鋼君への助っ人として太刀川君を下ろして、ここからは別行動だ。この戦いが終わったら、一人でも自分が出来る最善の行動を取れた鋼君をたくさんよしよししてあげよう。勿論、鋼君以外も。可愛くて頑張り屋さんな後輩達ばかりで、私は幸せだ。さて、そんな可愛い可愛い後輩達の日常を取り戻せるよう、奔走させて貰うとしますか。


「月見ちゃん、聞こえる?」
『ええ、聞こえているわ。』
「三輪君の位置情報貰えるかな。」
『──はい、これでどう?』
「うん、ありがとう。」


視界にレーダーが映る。マークされている点が三輪君の位置だろう。隊を持たない私には、当たり前だけど専属のオペレーターも居ない。こうして、他部隊のオペレーターちゃんと連携を取るしかないのが、野良隊員をやってる一番のデメリットかもしれない。まあ、そのおかげで自分で判断するっていう能力が身に付いたと思えば……うーん、物は言いよう。結局、こういったサポートが無くちゃ出来ない事の方が多いのは事実だからね。

マップを頼りに真っ直ぐに三輪君を目指しながら、道中遭遇した新型のそれを叩き斬っていく。私には、太刀川君ほどの才能は無いし、蒼也君程のストイックさも無い。それでも、人よりも戦う術を持っている。他が少しでも動き易くなる様に、敵兵を減らす事は後輩達の役にも少なからず立っているはずだから。時に足を止めて、敵兵を掃討しながら走っていれば、目の前には三輪君の背中。やっと辿り着けたと思ったら視界に表示されていたレーダーが消えた。位置情報から合流を確認した月見ちゃんが気を利かせてくれたんだろう。凄い出来る子…、オペレーターって皆凄いなあ。平行処理能力もそうだけど、気配り出来る子じゃないと成り立たなさそうだ。


「三輪君!」
「…みょうじさん、何しに来たんだ。」
「うーん、迅君のおつかい?かな。」
「……ッ、」


正確には城戸司令からのお届け物?だけど。迅君の名前を出した途端ぎり、と奥歯を噛むような音が聞こえたし僅かに目線が鋭くなったような気がした。随分と気が立っている様子だ。それでも、私を邪険にする事は無いみたいだから少しだけ安心する。

よしよし、と丸っこい頭を撫でてあげると、さらさらの髪の毛が心地好い。


「最終的にどうするか決めるのは三輪君だよ。迅君の言いなりになるみたいで嫌なのも、結果的に近界民である遊真君に手を貸す事になるのが嫌だっていうのも、そういう三輪君の気持ちを否定するつもりは無いの。」
「……何が言いたい。」
「考える時間が必要でしょ?だからね、お姉さんが三輪君の為の時間稼ぎをしてあげる。悩む時間は必要だって思うから。でも、やっぱりやだって思ったなら、それはそれで構わないんだよ。」


そう言って、戦闘服のポケットに忍ばせていたトリガーを手渡す。黒トリガー、風刃だ。目を丸めて驚いた様子の三輪君がそれを受け取ったのを確認してからぎゅうっと抱き締める。大丈夫だよ、三輪君の好きに選んで良いんだよ、って気持ちを込めて。私は別に、皆が皆私と同じように迅君の為に動くべきだと思ってるわけじゃない。あくまで、私は私の意思で迅君の為に動いているだけだから、三輪君の身の振り方は自分で決めればいいと思ってる。でも、即断即決っていうのは難しいから、時間が必要だ。

背中を撫でてあげたらぎゅうっと腰の辺りを抱き返されて、耳元で「──感謝する。」と囁かれた。よしよし、いいこいいこ。三輪君の事も、後でうんと褒めてあげようね。最後にぽん、と背中を軽く叩いてから身体を離し、ばいばいと手を振った。お姉さんに任せなさい!とばかりの笑顔付きだ。いや、私の笑顔に何か価値があるとかって訳じゃないんだけどね。ほら、笑った方が安心して任せて貰えるかなって、ただそれだけのこと。少しでも安心して悩んで欲しかっただけだ。


『もしもーし、みょうじさん聞こえてます〜?』
「うーん、その声は宇佐美ちゃん?」
『はい、正解でーす。迅さんから指示があって、そろそろみょうじさんが合流するかもーって。』
「あはは、うん、まさに今走ってるところ。」
『おお、タイミングバッチリ。』


三輪君と別れて駆け出したところで、通信が入る。てっきり月見ちゃんからかと思っていたら、玉狛第一のオペレーターをしている宇佐美ちゃんからだった。ルート案内をして貰っているついでに、現状を教えて貰っていた。C級隊員が次々にトリオンキューブになっていること、本部に黒トリガー使いが現れた事、今烏丸君達も人型近界民と戦闘中だということ、そして、その戦いの中千佳ちゃんもキューブに変えられ、敵は千佳ちゃんを連れ去ろうとしている事。余りの言葉に吐くかと思った。流石に本当に吐くとかはしなかったけど、精神的には吐いた。それぐらいショッキングな言葉だった。その言葉を聞いた途端、今更ながら近界民は敵なのだと認識した。少なくとも、今この三門市を襲って来ている奴らは紛うことなく、敵だ。私にとっての絶対悪と言ってしまっても過言では無い。洸太郎君も、木虎ちゃんもキューブにされたと聞いた。その上千佳ちゃんもだなんて、到底許せる行為じゃない。可愛い可愛い、宝石のようなあの子を、奪われてなるものか。私が、守らなくては。


『狙撃ポイントにも案内できますけど、どっちが良いですか?』
「……うん、今日は狙撃手用トリガーじゃないから、普通に烏丸君達と合流するよ。」
『了解でーす!』
「……わ、!」
『あ、聞こえました?それ、出水君の炸裂弾なので、それを目印に走っちゃって大丈夫ですよー。』


どかん!と凄まじい音を立てて家屋が倒壊していく。うん、ルート案内も何も道が無くなっちゃったもんね。おーけー。臨機応変にね。でもなるほど、これはよく射線が通りそうだ。


「可愛いヒロインを助けに来ちゃった。」
「うっわ、みょうじさん!」
「うっわ、て…もしかして人手足りてた?」
「いやいやぜーんぜん、人手なんていくらあっても足りないんで。」


脚がうねうねして上手く立てなくなっている出水君を庇うようにして立つ。出水君が敵のガードを削って、屋上から狙撃手組が隙間を縫うようにして狙撃。少しずつでも確実に仕留めていく作戦のようだ。そうとなれば、と設定していた戦闘服の中のあるひとつに換装を変える。基本的な見た目は変わらないけれど、ただひとつ、私の耳元には三輪隊のようなヘッドホンが着いている。遮音性が高く、ほとんど無音と変わらなくなる。音に驚きやすかったり、気を取られやすいという自分の弱点をカバーする物ではあるけれど、音による情報が一切遮断されるというデメリットがある。それ故に実戦ではあまり使わないのだけど、千佳ちゃんの身が危ないんだ。ただの時間稼ぎ要員と言えど、出し惜しみは出来ない。

出水君の視界を遮らないように気を付けながら片膝を地面に付け、通常弾がセットされている銃口を向ける。よく見る。訓練でずっとやってきた事だ。的をよく見て、息を止めて、気持ち良くなれる瞬間を探す。目を凝らす。集中すればするほど、世界は酷くスローに見えた。だからといって弾速は変わらない。集中力を切らせてはいけない。銃口がブレない様に、肘は真っ直ぐ伸ばしたまま、左手で支えて───引き金を引くと、出水君の放った弾のうちのひとつを追い掛ける様にして銃弾が飛び出した。出水君がガードを削った場所に間髪入れずに銃弾が飛び込み、敵の身体を貫いた。とは言え、着弾した先は肩口で、致命傷にはなり得ない。あ゛ーーッ、銃手用トリガーで精密射撃って、分かってたけど思った以上に神経使う。狙撃だったら連発して撃てるのに、一回一回の射撃に掛かるコストが違う。腕の維持がしんどい。カロリー高すぎる。コスパが悪い。せめてスコープが欲しい。目が痛くなってきた。


「マジかよ!?ウチの狙撃手はほんと変態しか居ねぇな!何で銃手用のトリガーでそんな芸当出来るんだよ、意味わっかんねえ!」


ふぅ、と息を吐く。その音すら聞こえない。弱音は沢山出てくるけれど、集中力は切れてない。銃口を向けたまま、敵を睨み付けて居ると、敵の視線がボーダー本部の屋上に向いた。途端、狙撃による援護が途絶えた。奇襲かな。敵に狙撃ポイントを抑えられたとしたら、狙撃部隊の役目は一旦終了だと思っていいだろう。それでも、敵のトリオン消費は激しそうだし、このまま出水君と押し切ればどうにか出来そう。と思っていたら、どうやら甘くはないらしい。周囲に落ちていたトリオンキューブからトリオンを吸収して、自分のトリオンに変えた。ってそんなのありなの?

思わず、舌を打つ。険しい顔になってしまうのも許して欲しい。押し寄せてくる魚群。


「───シールド!!」


目の前に泳いで来ているそいつらひとつひとつに対応した分割シールドを貼っていく。いい加減頭が痛くなってきた。前にも言ったでしょ、散弾銃タイプは苦手だって。弾数多いのと相性悪いんだってば。それでも、それでもと気張っていたが、より良好な視界を確保するために私の横へとズレていた出水君へ泳いでいく魚の群れを排除しきれずに、出水君に緊急脱出させてしまった。ああ、このヘッドホンの悪い所が早速出た!てっきり私の真後ろに居たままかと思っていたから、出水君の方まで気を配れなかった。でも、まだ私に出来ることは残ってる。三輪君に、時間稼ぎをするって言ったんだ。少しでも長く、あの子の為の時間を作ってあげなくちゃ。

そう思い、目を細めた時


『みょうじさん、今とりまる君がそっちに向かってます。』


通信、切っておくの忘れてた。完全無音だった世界に、不意打ちで入ってきた音に驚いて心臓が跳ねたような気がする。焦点の置き場所にすら気を使っていた視界がほんの少しブレた。

あ、やばい。

そう思った時には、手遅れだ。完全に集中が途切れてしまった私はシールドの生成が間に合わず、緊急脱出する間も無くその辺にころりと転がった。ああ、折角頑張ったのに、こんなんじゃ格好つかないなあ。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -