お姉さんは相対す。

迅君が私に伝えた作戦はこうだ。

「基本的には俺と嵐山隊でなるべく穏便に撤退して貰えるよう務める。でも、もしそれが通用しなさそうな場合、プランBに移行する時になまえさんに手助けをお願いしたいんだ。」



頼むよって頭を二回程ぽんぽんと叩きながら私にそう伝えた迅君は、さっさと遠征組と三輪隊を迎撃する為の地点へと向かった。夜風が頬を撫でる。今夜は寒そうだ。
ゆっくりとバッグワームを起動して、建物の陰に隠れながら待機する。ふぅ、と吐く息は白くない。トリオン体には体温という概念が存在しないからだろうけど、少しだけ不思議だ。綺麗なお月様を見上げながらここで一度、迅君から共有して貰った内容を整理しておこう。近界民の少年は黒トリガー持ちだけれど此方に危害を加える事は無い。それどころか、ボーダーに入隊する?してる?らしい。今回、その近界民君を倒して黒トリガーを奪いに来るのはA級上位三隊と、三輪隊の四部隊。うーん、城戸派の強いとこ集めましたって感じの面子だ。
それでもどうか、穏便に事が済めばいい。迅君達も三輪君達も、みんな同じボーダー隊員で、見ているものは違えど敵じゃない。市民を、街を守る味方同士だ。こんなにバチバチするのは、ランク戦だけで充分なのに。

まあでも、"黒トリガーを持ってる近界民の少年"ってのを危険視する気持ちもわかる。敵か味方か分からない、未知数、スパイかも知れない、不安要素しか無い上に、黒トリガー持ちと来たもんだ。さっさと排除してしまいたい気持ちは理解出来る。ただ、私にとっては迅君がただ一言「彼を守って欲しい」と言ってくれるだけで充分だった。三門市の命運と言う天秤を持たされている迅君が望む未来を、少しでも実現させるために。確率を上げるために、私は迅君の為に、話したことも無い近界民君を助ける為に動く。


『プランBだ。』
「みょうじ、了解。三輪隊狙撃手二名捕捉、迎撃に向かいます。」
『迅、了解。上手くやってくれ。』


通信機から聞こえる声に、待ってましたと軽くその場で跳ねて足元にグラスホッパーを出す。みょーーん。と屋根より高く飛び上がれば、先程見えた射線から逆算して狙撃手の位置を特定。これでも元狙撃手ですから。狙撃手が好きそうな場所は分かるのだ。バッグワームを解除してからそのままぽん、ぽん、とグラスホッパーを足場変わりにして古寺君と奈良坂君の方へ真っ直ぐと突っ込んでいく。勿論、バックワームを解除したことによってレーダーに表示された私へと銃口を向ける二人。さあ、集中しろ。目を凝らせ。


「────ッち、」
「こっち来ますよ、奈良坂先輩!」
「…こちら奈良坂、みょうじさんが玉狛側についてます。俺達の居場所がバレた、狙撃による援護は期待しないで下さい。」
『…風間、了解。』
『太刀川、了解。』


グラスホッパーへと足を着く、其の一瞬を狙って私の足を削りに来たのは奈良坂君のイーグレットだ。それを、集中シールドで受ける。私の強みは、強化動体視力によって攻撃をギリギリまで目で追ってから正確な位置に必要最少限の大きさにまで縮小したシールドを張れることだ。多分、集中シールドに関してはボーダー内でも一番小さい物を使えると思う。攻撃を防ぐという特性上、私のSEと相性が良過ぎるのだ。例えば今も、弾丸よりも一回り大きい程度に集中したものを使用したお陰で、トリオン量平均ど真ん中な私でも余裕を持って奈良坂君のイーグレットを防げたと言う訳だ。逆に洸太郎君みたいな散弾銃タイプはあまり得意じゃないんだけどね。何事にも相性って言うのはあるものなのだ。


「お…っと、とと、うーん、着地苦手だなあ。」


とん、と二人が居る屋根の上へと足を着く。なんだろう、この、…トランポリンの後普通の地面を歩く感覚に近い様な。だからグラスホッパーってちょっと苦手なんだよね。駿くんとか見てると凄すぎて口開いちゃう。


「今晩は、二人とも。お姉さんとお喋りでもどう?」
「…何で、貴方が、」
「そ、そうですよ!みょうじさんが玉狛側に加勢するなんて一体どうしたんですか!?」
「あら、米屋君に聞いてないのか。迅君にお願いされたから、助太刀する事にしたの。」
「玉狛が庇っているのは黒トリガーを持っている近界民です。ご存知何ですか?」
「ご存知ですよ。私、実は皆が思ってる程近界民嫌いって訳じゃないんだよねえ。だからそんな顔しないで、迅君に騙されたって訳じゃないから。」


三輪隊は、米屋君以外は近界民からの被害を被っている隊だ。同じく被害を受けた私が近界民を庇うのが信じられないんだろう。迅君に言いくるめられたとでも思ったらしい奈良坂君が綺麗な顔を歪めるもんだから、思わず頭を撫でてしまった。ついでに、信じられないとでも言いたげな古寺君も。うーん、皆私と三輪君をセットに考え過ぎ何だよなあ。私と三輪君は、お互い個人主義みたいなとこあると思うんだけど。あ、でも三輪君は隊を持ってるからそうでも無いのかな。


「…悔しくは、ないんですか。お母様を亡くされて、」
「おい、古寺。」
「あはは、いいよいいよ。どうせお喋りするくらいしか出来ないんだから。そうだなあ、悔しいと思った事は無いよ。近界民を憎いと思った事も無い。結局私は生きているし、こんなに可愛い後輩も出来たし!」


しゃがんでいる古寺君の背中へと回り込めば、がしりと片腕を首へ回してがっちりホールド決めてからよーしゃしゃしゃしゃ!と髪の毛を撫で回す。ははは、愛いやつめ。仮に、無理矢理後悔している事を上げるとするならば、あんなに簡単に死ぬならさっさと殺せば良かった。ってことくらいだろうか。まあそんな程度だ、大した後悔じゃないし今更気にする様な事でもない。
古寺君を解放して、次は奈良坂君を可愛がるぞ〜って時に、ポケットに入ってた携帯が震える。通信機を通していないということは迅君や嵐山隊ではない。ちょっと失礼。と断りを入れてから携帯を見るとディスプレイには米谷陽介の文字。ありゃ?


「はい、此方みょうじ。」
『お、なまえさんそっち今どんな感じ?』
「えー、古寺君と奈良坂君とお喋りしてる感じ?」
『平和かよ!』
「出来るなら斬りたく無いからねー。米屋君が電話して来るって事は緊急脱出したの?」
『いやあ、良いとこまで行ったんだけどな。次は負けねーよ?』
「はは、頑張れ頑張れ。……こら、おいたしないの。」


私が二人に背中を向けて通話している最中、隙を見てスコープを覗き込んだ奈良坂君の右手首を孤月を抜いて切り落とす。うん、これで引き金引けないね。隣でひぇ…と冷や汗をかいてる古寺君をぽんぽん、と撫でてやる。奈良坂君もごめんねの意味を込めて撫でておこう。


『あ゛ーッ、ずりぃ!それ俺も言われたい。』
「えぇ…、言われたいの?」
『そりゃあ…おっ、なまえさん。撤退指示出るっぽいわ。』
「あ、ほんと?それじゃあ今夜は此処迄って事で。」
『おつっしたー。』


ぷつ、と電話が切れたところで二人の様子を見る。調度通信機から撤退指示を受けたところらしい。す、と立ち上がった二人は何とも言えない顔で私を見る。何でまだそんな顔してるの。


「みょうじさん、一旦俺達は退きます。でも、本当に玉狛側について良かったんですか?」
「古寺君は心配症だなあ。大丈夫大丈夫、そこに後悔は無いよ。」
「そう、ですか…。」
「行くぞ古寺。…ではみょうじさん、次は絶対に撃ち落とします。」



ぺこり、と律儀に一礼してからボーダー本部へと帰って行く二人の背中を眺めて、漸く終わったのだと息を吐く。通信機から『お疲れさん。』の声がする。はあああぁ、ほんと、後で奈良坂君に謝りに行かなきゃ。手首斬っちゃってごめんねって。いいとこのどら焼きでも三輪隊に持って行こうかな、そうしよ。



何はともあれみょうじさんの本日の任務完了!近界民の少年に幸あれ!




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