「にしても仁王がこんな朝早いなんて、珍しいよな」
「え、そうなの?」

ようやくこの夢にも順応しはじめてきて、わたしは流れからブンちゃんと一緒に登校することになっていた。家の方向が真逆で電車通学のわたしが朝から彼の隣を歩けるなんて初めてで、隠れた願望が表れているのを実感する。そしてどうやら『仁王』というのは今のわたしの名前らしい。別に夢の中なんだから山田とか鈴木で良いのに、名前まで格好良いものを付けたがるなんてさすがわたしの想像力である。いや決して山田や鈴木がカッコ悪いとかじゃないんだけどニオウって…ねえ?普通じゃないというか中二病っぽいというか。

「そうなの?ってお前やっぱり今日変だわ、別人みてえ」
「そんなことないと思うけど」
「いーや絶対変!普段なら朝練ない日はギリギリまで寝てるし、前なんて昼に登校してきたろ」
「朝練って?」
「? テニスに決まってんじゃん」

あまりに色々な情報が押し寄せてくるもんだからわたしも少し混乱しちゃったのは仕方ないだろう。ブンちゃんの話を整理すると、わたしは女たらしの遊び人で昼登校の不良でしかもブンちゃんと同じテニス部らしい。…いやいやいくらなんでも設定が細かすぎるでしょやりすぎだマイ想像力。現実にこんな人がいたらぜひ見てやりたいもん。

「あれ、俺お前に連絡回したよな?朝練なくなったってやつ」
「んん?連絡…?」
「送ってんじゃんほれ…って誤字ってるし。まあ意味は伝わるだろ、俺悪くねーから」

スマホを取り出して表情をくるくると変えるブンちゃんは、きっと男の子の前で見せる態度だった。当たり前だけどわたしといるときとは全然違う、リラックスしたような悪戯っぽい顔。ブンちゃんって友達の前だとこういう風に笑うんだな、なんてちょっと嫉妬したのはそっと胸の中に仕舞い込んで。

「へえ、コートの一斉点検…」
「幸村くんが書いてたろ、既読つかねえから見てないとは思ってたけど」

見慣れた景色が近付いてきた。音を立てる踏切交差点に、放課後は学生で賑わうお好み焼き屋さん。いつの間にか右に曲がればもう学校という距離まで来ていたみたいである。呆れた口調で話すブンちゃんの話に耳を傾けていると、ちょうど遮断機が開いてぞろぞろとうちの生徒たちが合流してきて。わたしはその中の一人をみて思わず固まった。信じられない長さのロングスカートとぼさぼさの髪。猫背でどこか挙動不審なあの地味女は、待ってちょっと待ってウェイトフォアミー!

「どうした、仁王?」
「あ、あれ…」
「あれ?」
「だから…あの校門の近くの」
「ハア?人多すぎてわかん…あっ!」

「なまえー!」

訳が、分からなかった。わたしはみょうじなまえで立海大付属高校に通う二年生でブンちゃんの彼女で。それは確かで間違ってなんかないはずなのに、それなのに。ブンちゃんが笑顔で駆けてくその先には

つまり結論から言うと。
わたし、がいたのだ。

「おはよなまえ!」
「お、おはようさん」
「おはようさんって…ハハハッ!何言ってんだよなまえ〜」
「えっ、あ、あははは」
「仁王は女言葉で軽く記憶喪失みたいなこと言い出すしよー。二人揃っておかしなこと言うよな」
「に、仁王?」

どこか挙動不審だったそのもう一人の『わたし』は恐る恐ると言った感じでわたしの方を見る。そしてパッと目があったその瞬間、あの子が大きく目を見開いて。わたしはようやく事の全てを理解した。

「あ、そっかなまえに紹介してなかったな。こいつは仁王雅治っつって、中学から同じテニス部」
「…」
「んで仁王、知ってるだろうけどなまえな。手出したらぶっコロスぞ」
「…」

夢なんかじゃなかった。情景もブンちゃんも何もかもリアルだったのは当然だ。だってこれは夢のような現実だったのだから。この状況を信じたくなくてわたしは無意識の内に手のひらをつねっていた。じんじんと感じる痛みだって簡単に受け入れられるわけがない。驚いたように目を真ん丸にさせてる『わたし』と。肉体美で不良でテニス部でさっきまでブンちゃんのノロケを聞かされてた『仁王くん』はもしかしてもしかしなくても。

「おい…おい、仁王」
「何じゃ?」
「いや、なまえじゃなくて仁王に聞いてるんだけど」
「!な、ななな何かな丸井くん!」
「…お前、なまえのこと見すぎ。まじ惚れたらぶっコロスからな」
「そ、そんなんじゃないし!」
「じゃあ黙って見てないで何とか言えよ」

「あー…はじめまして」
「…はじめまして」

身体が、入れ替わっているだなんて。


(20101120 修正)
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