さて、どうしたものか。
身体が入れ替わるなんていう現象は今まで聞いたことがないし、そもそもそんなことは漫画の中の世界でしか起こらないと思ってたし。あまりに非現実的過ぎる上に解決策もないときたら投げやりにもなっちゃうよね。とりあえずここはヒロインらしく『みょうじなまえ。人生最大のピンチです…!』とかなんとか言っとけばいっかあって感じです。

「お手洗い行ってくるね、丸井くん」
「おう…?行ってくる、ね?」

もう一度自分の状態を鏡で見て、それから対策を立てようと考えたわたしは一人トイレへと向かう。教室の階は学年ごとになっているからクラスが違うからって迷うことはないけれど、やっぱり一人でトイレは寂しかった。姿は替わってしまってもそんな女子の心理は抜けないんだね、なるほど。

「あ!仁王く…キャアアアア!!」
「なに!あれ!ちょ、」
「あたし…いま死んでもいい」

ところでさっきからやたらと注目されているわたしです。正確にいうとわたしの身体が、なわけだけどそう言うと違う意味に聞こえちゃうからなんかやだ。でも確かに、この身体の元の持ち主である男の子は俳優さんになれちゃうんじゃないかと思うくらいにオーラがあった。顔やプロポーションは下手な芸能人より上だし、何よりこの無駄な色気の垂れ流しが到底学生とは思えない。これは一種の変態だ…!当然凡人であるわたしがこんな注目に慣れているはずもなく、ただただ視線から逃れたい一心で歩くスピードを早める、と。

「ちょっと、そこの俺!」

呼び止められたアアア!困る、非常に困るんですけどフェロモン放出してすみませんんん!誰か蓋を、栓をしてやってくだ……え?
不思議な言葉にプラスして聞き覚え有りまくりの声に反応してわたしはトイレに入ろうとしていた足を止めた。ぐるん、とうしろを振り返ってみて確認すると、ああやっぱり。

「ふわああ!懐かしのわた…ふご!」
「声が大きい!」
「… ごめんなさい」

わたしが声のボリュームを下げたのを確認して、口を覆っていた手が外される。辺りを見回したあと「こっち」と柱の影まで手を引いていった彼女は生まれてからずっと見てきたわたしの姿をしていた。だけど見慣れた自分の格好はいつもよりもっと残念だ。あのさ君、せめて眉毛くらい描いてきてよ頼むから。きちんと身だしなみを整えてようやく平均点のわたしがこの姿で登校してきたなんて泣きたい。穴がなくても引きこもりたい。

「てかそのスカート!今すぐ折ってもらえるかな二回でいいから、ね!」
「は、ぜったいヤじゃ」
「ハア?じゃあ早くわたしの体を返せ!出てけアホー!」
「ぐ 揺らすな苦し…」
「出ーてーけー!!」

「…何やってんだよ、仁王にみょうじ」
「「ジャッカル!」」

わたしたち、というか主にわたしがぎゃーぎゃー喚きながら廊下の隅でやり合っていると、同じG組のクラスメイトであるジャッカルが偶然通りかかった。両手にたくさん教材を抱えているところを見ると大方うちの担任にパシられている苦労がうかがえる。あ、もちろん気の毒だと思うだけで手伝おうなんていう気はさらさらない。

「お前ら面識あったんだな。二人でいるなんて珍しいじゃねえか」
「あー…うん」
「まあとりあえずみょうじ離してやれよ。ブン太がキレるぞ」

ジャッカルが言うなら、としぶしぶ首根っこを掴んでいた手を離してあげた。するとあの子が涙目になりながらげほげほと大袈裟に咳き込んだもんだから一睨み効かせてやる。ふんっまだわたしは諦めたわけじゃないんだから!それにわたしそんなか弱い女の子だった覚えはない。

「つーかよ、どうしたんだその髪型?」
「またそれ?起きたら白髪だったの!」
「…ブン太が言ってたけど、…。確かに今日変だなお前」
「あ そのことなんだけど実はさ」

簡単に信じてもらえるとは思っていないけど、ジャッカルくらい良いやつなら何とかしてくれるんじゃないか。そんな望みをかけて事情を話そうと口を開いたとき、わたしの腕に走った小さな痛み。あれ、と思ったのは一瞬で、痛みの原因はすぐに分かった。わたしの姿をした彼が力一杯に腕のお肉をつねり上げていて、ジャッカルに言おうとしていた言葉はあえなく遮られてしまう。うわ、わたしの渾身の睨み全く効いてないじゃん!彼は油断したわたしをずいと押しのけてジャッカルに向き直った。

「今ね、仁王くんとわたしでブンちゃんを騙そう大作戦中!」
「(へ…?)」
「げ 悪趣味だなお前ら」
「仁王くんなかなかわたしっぽく喋れないんだよね、今も作戦会議してたとこでさ」
「なーんだ、そういうことかよ」
「そういうこと。あ、今日のHRサボるから出席のとき代わりに返事しといて」
「俺がか!?」
「鈴の音のような可愛らしい声で頼むよー」

じゃあよろしくー!なんてひらひらと白い手を振る彼…仁王くんは、その仕草といい口調といい完全にわたしそのものだった。ジャッカルも『わたし』には何の違和感も感じなかったみたいで、いつもの人の良さそうな笑顔を浮かべながらこの場から去ってゆく。重そうな教材だけどもちろん手伝う気なんてさらさらない。ってびっくりしすぎて二回も同じこと言っちゃったし。

「おーい、モシモーシ」
「…………い」
「ん?」
「…すごい!すごすぎるよ君!なんであんな咄嗟にわたしのフリができるの?なんであんな上手い嘘つけるの?」
「まあ、慣れとるからの」
「もーわたし自身を見てるような気分だったよ!ジャッカルの扱い方までばっちりだし!」
「…待ッテ仁王クン、場所移ソウカ?」
「え?」

いきなりなんだと思うと同時に周りの人からの不審そうな目をキャッチする。ハイここが学校の廊下だってことをすっかり忘れてました。大のオトコが女の子に向かってスカート短くしろと迫る図や、興奮した様子で相手を誉めまくる図は端から見て怪しさ満点だったに違いない。ごめん、今日から変な人認定されたら超ごめん。

「とりあえず屋上行こう。仁王クン」
「了解です、みょうじサン」


(20101120 修正)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -