それにしても、なんでわたしはこんな変な夢をみてるんだろう。スマートフォンで立海への地図を起動させながらふと思ったのはそんなことだった。夢は自分が無意識に考えてることや密かな願望を表すって聞いたことあるけど、わたしは今の生活で普通に満足だ。あ、そりゃあ外見や頭はうそでも良いなんて言えないのだけど、でも学校はたのしいし友達もいるし何と言ってもわたしには超格好良くて超可愛くて超テニスが上手くて超優しくて超…と良い所を挙げだしたらキリがなくて以下略にしないといけないような、つまり最高の彼氏がいるのである。
丸井ブン太、愛称はブンちゃん。朝のメッセージの下りで登場した彼こそ今わたしがお付き合いさせてもらってる男の子だ。不満なんて全くなくて、わたしには勿体無いくらいの素敵な人。まあもう少しデートが出来たらいいなとは思うけど、彼は全国に名を轟かす名門立海テニス部の部員だから仕方ないし、少ない空き時間をやりくりして会ってくれることにわたしは十分な幸せを感じていた。昨日だって練習の後二人で一緒に帰ってわたしの家の前でばいばいして、それで去り際に初ちゅー……うわあ、思い出しただけで顔から火が出そう。
まあつまりだ。まだ付き合い初めて一ヵ月しか経ってないけれどわたしは彼が好きだし変な夢みるほど欲求不満じゃないつもり。だから今も前方に大好きな彼の赤髪の幻が見えるなんてのは、もはや末期症状で…って、え?

「ん? お、仁王じゃん」
「ぶぶぶぶブンちゃん!」
「ブンちゃん呼ぶなっつってんだろぃ!」

まさかまさかの本物のブンちゃんでした。いや夢の中で本物という表現はきっと間違っているけれど、さすがブンちゃん大好き芸人のわたし。夢にも登場させちゃうくらい想ってるなんて本人には恥ずかしくて絶対言えない。あれ、そういえばブンちゃん、今わたしのこと『におう』って言った?

「そ、そんなに臭う…?」
「いや、何の話」
「あれ聞き間違いだったかな。まあいーやおはよブンちゃん、偶然だね」
「に、仁王が標準語喋ってる…キモ!」

元々大きな瞳をさらにでっかくしてブンちゃんが叫んだ。通勤中らしいサラリーマンのおじさんにチラリと振り返られる。朝早くからお騒がせしてすみませんという思いでぺこりと頭を下げると、それを見て彼はますます引いた表情を浮かべた。なんでわたしキモがられてるの朝の挨拶しただけなのに。キモいって言われたブンちゃんにキモいって…ぐるぐるとまだ本調子じゃない脳みそをフル回転させてハッと気が付く。もしやこれ、別れの前兆的なやつじゃないだろうか?

「待ってブンちゃん気が早いよ!頑張るから嫌わないで!ね!」
「どぅわっ!バカ離れろ!俺はヤローとイチャイチャする趣味ねえよ!」
「野郎…?ああ、」
「お前どうかした?朝からテンション高けーし、拾い食いでもしたとか」
「ブンちゃんじゃあるまいし」
「うっせーよ!」

そうだった今わたし謎のイケメン君設定だったと思い出して、先ほど受けたショックは見事に頭から消し飛んでいた。いくら俺でも三秒ルールは守ると格好良いとは言えない主張をするブンちゃんに目をやる。うそだ、五秒…いや十秒くらいなら平気で拾っちゃうでしょ。食べることが大好きな彼のお腹はぽよぽよとはいかなくてもまず八等分には割れていないだろう。そこで思い出すのはさっき鏡越しに見た筋肉質な身体。たまんないよね筋肉フェチのわたしを挑発するあの美しい腹筋と鎖骨のライン!思わず表情がにやにやゆるゆるとしてしまうのが分かった。

「…お前本当に大丈夫かよぃ?」
「へ?うん」
「つーか髪、どうしたそれ?」
「髪? …ああ白髪だよね」
「(そういう意味じゃねーんだけど)…あー、本当に大丈夫なわけ?」
「大丈夫大丈夫〜 思い出し笑いだから」
「ふーん。あ!!そうそう、思い出したと言えばさ」

食い気味に顔を乗り出してきたブンちゃんは超笑顔だ。反則級、可愛すぎる。ドキドキとうるさく音を立てる心臓を抑えて平静を装うのに必死なわたしをよそに、ブンちゃんは惜しげも無くニコニコを広げていく。そして彼はお気に入りであるグリーンアップル味のガムをくちゃくちゃさせるのを止めて言った。

「昨日さ、ついになまえとちゅーした!」
「………」

…どうしようかこの今の心境。最高潮に胸が高鳴っていた状況から一転したというのはお分かりいただけるだろう。違う意味で今度は心臓がドコドコしている。そんな固まるわたしをよそに、ブンちゃんはデレデレと締まりのない顔で続けた。

「部活帰りに家まで送ってったら、もうたまんない顔で見上げてくるわけよ」
「(うあああやめてえええ)」
「もー本当あいつ可愛いすぎ!顔近付けただけで真っ赤になっちゃってんの!」
「(…悪かったな)」
「ま、ウブなとこが良いんだけど!俺はぐっと舌入れんの我慢したんだぜぃ」
「……」
「ってなんでお前が赤くなってんだよ」

…だって恥ずかしい。夢の中でこんなこと言わせるなんてわたしの願望の強さですよ!そして言葉の節々がなんだかリアルだし、本物のブンちゃんに言われてるみたいな気分になる。絶対あの子友達に片っ端から自慢してそうなんだもん。まあちょっぴり生々しさに一歩引いてしまったところはあるけれど、ブンちゃんがノロケてくれているのは悪い気しない。いや、やっぱり釈然としないモヤモヤした気分だ。

「仁王も早いところ本気になれるやつ見つけろよ?恋って良いぞ」
「なに、そのわたし…いや俺が遊び人みたいな言い方は」
「実際お前はいつも不特定多数だろぃ」

そしてわたしプレイボーイ設定なんだね。ただの夢の分際でえらく凝った設定がなされていて、すごい通り越してもはやキモいぞ、わたしの想像力…。


(20101120 修正)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -