わたしの朝は枕元の携帯電話をチェックするところから始まる。まだ眠たくてくっついていたいまぶたをこすったら画面には新着メッセージ一件の表示があった。名前を見るだけでほっぺが緩んであったかい気持ちになるその人の名前は丸井ブン太。付き合って一ヶ月になるわたしの彼氏である。

〈今日漁れんなしってよ!〉

でも何でだろう…メッセージを開くとそこには暗号じみた一文と、おしりに記号がぽつんとくっ付いている。漁業の『漁』だよねこれ、もしかしてさんずいとお魚を別にして読むのだろうか。確か昨日はブンちゃんのほうが先に寝落ちしてしまったはずだ。そういう日の翌日はいつも『わりー寝てた!』から始まって話題の続きが送られてくるのだけど、まあ寝惚けてるんだろうなどうせ。スマホの電源を落とす。さてわたしも学校行く準備しますか!
ぐぐっと伸びをして部屋のカーテンを開ければ、まだ薄暗い冬の空にほのかな朝日が射し込んでいる。小鳥のさえずりをBGMにお向かいさんはもう洗濯物を干しているみたいだ。…ん?お向かいさんが洗濯物?あれ?疑問をもって数秒、窓に映る自身の姿にぱちぱちとまばたきを繰り返す。
例えば朝起きたら地球上に住む全ての人間が全員四足歩行でのっしのっしと歩いていたら。例えば朝起きたらいつの間にかドラえもんの最終回やっていたら、どうする?例えが悪いのなんて百も承知、とにかく頭がフリーズする驚きがあったら。もちろん今日も人間は元気に二足歩行だし、のび太くんはまだまだ自立出来そうにはありません。だけどひとつだけ、昨日とはまったく変わっちゃってたことがあってね。

「あの… 誰ですか?」

もちろん返事なんてあるわけない。鏡が言葉を返してくるのは白雪姫の世界だけだもの。それでもわたしは声を出さずにはいられなかった。窓からこちらを見つめてくる変なオトコがいるだけならまだ良い。…いや実際は良くないんだけどそれは置いといて。おかしいな、鏡が目の前のものを映すなんて世界万国のジョーシキ。鏡のストライキが始まりますよなんてニュース昨日やってたっけ。つまり何が言いたいのかというと、この目の前のオトコは間違いなく窓に『映っている』人間だったのだ。

「わたしは立海大付属に通うみょうじなまえですけど。え、あなたは?」

風邪でもひいたのかいつもよりうんと低い声が部屋に響く。まさか、と同時にやっぱりの思いが色濃くなって。そんな冗談はよしこさんだよ!一人ツッコミをすればあちらも同じことをしていた。試しにムリヤリ笑顔を作ればあちらも困ったような笑顔を返し、自慢の変顔はパクられ、真似すんなとキレれば逆にこちらが睨み付けられる始末である。サーッと血の気がひいていくのがわかった。ありえない、とは思うけど。わたしのにらめっこにコンマ一秒も差をつけず付いてくるこの笑顔がチャーミングな可愛い男の子って

わ、わたし……?






「いやいやいやまっさかねー!一晩にして黒髪が白髪になるなんてあり得ないし!いくら貧乳って言っても一晩にして胸がこんなカッチカッチになるわけないよ。うん、というかこの人めっちゃ男前だしなんかホクロあるんだけど!あ、そっか自分がイケメンになっちゃった夢か!そっかそっか良かったなんだ夢か。よーし解決」

ひとりで喋って何だか痛々しい子みたいだけど、夢だから全く気にしない。勝手に騒いで勝手に落ち着いたところでわたしは今いる部屋をぐるっと見渡す。モノトーンで統一されたシンプルなお部屋、起き抜けのベッドの周りには立海の男子用の制服が散らばっていた。良くできた夢だな、いやわたしの無意識の世界だから身近なものしか登場しないのかも。とりあえずずっとパジャマでいるのもアレだから着替えるためにボタンへ手をかける。

「うわ……すごい肉体美」

わたしの想像力って相当たくましいんだろうな、うん。今まで男の子の裸なんか見たことないプラトニックガールのはずなのにここまでリアルだといっそ清々しい。わたしの身体は細いのにお腹の筋肉は綺麗に分かれていた。肌は少し白すぎるけれどそれがまたセクシーで色気を感じさせる。オマケに顔も美形ときたものだから楽しくなってきちゃったもん。そうだ学校に行ってみよう、モテモテでたまんないことになりそう!自分がずいぶん変態チックな思考に囚われているのには目を瞑って、わたしは白いワイシャツを羽織った。

「おはよーって、あれ?」

着慣れない制服を身に付けて自分の部屋らしき所を出ると、そこには無人のリビング。あれお母さんたちがいない、と思ったのは最初の数秒間だけだった。ああそうか夢だもん、都合が良いように設定されてるんだね。わあ素晴らしい。適当に食パンを焼いてなんやかんやしたあと、わたしは思いきって家を出発。エントランスを出て後ろを振り替えると真っ白でいかにも高級そうなマンションがあった。

…エクセレントマイ想像力!


(20101120 修正)
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