「仁王くん!わたしと付き合って!」

事件が起こったのはわたしが仁王雅治になってから2日後のことだった。目の前には髪がふわふわで目の大きな可愛い子ちゃん。さっすが仁王くんモテるな〜なんて思う暇もない。硬直だよ硬直。しかもここは靴箱、同じように登校してきた人たちからの視線も半端ではないのである。

「あー その」
「ほ、本命になりたいなんて考えてないの!」
「は?」
「でも身体だけなら仁王くん断らないってきいて、それで…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った」

朝からなんつーことを言うんだ!じゃないや、何ということを言わせるんだこの男はァァ!こなれたようにスクバを肩に担いでみるが、内心の動揺は隠しきれない。どうするわたし、レベル6に突入したぞ。たしか仁王くんからは告白されたら全部断れとの指令を受けている。だけどなあ…。女の子はまさに恋する乙女の典型で、目を潤ませてこちらを見上げていた。反対にわたしの目はチカチカしてきたけどね。同じ女の子として彼女の気持ちはとても良く分かる。けれどわずかに残っていた理性で今自分が大勢の目に晒されていることを思い出し、わたしは覚悟を決めた。

「ごめん、な」
「…ううん。わたしの方こそ変なこと言ってごめんね。これからもテニス頑張って!」
「あ、」

返事をする間もなく女の子は走り去ってしまった。最後に見せたあの無理やり作ったような笑顔が頭から離れない。このあと泣くのかな。わたしがあの子を失恋させてしまったんだよね。一気に罪悪感が押し寄せる。ごめんなさいと小さく呟いてわたしはようやく下駄箱を後にした。これからこんな思いばかりしなきゃいけないのかと思うと無意識にため息が出ちゃうよ。そういえば仁王くんの方のわたしは上手くやってるんだろうか。

「お前さんが告られたときも断ればええんよな?」
「まあ、仁王くんじゃあるまいし告白なんて絶対ないだろうけど」
「ふーん じゃあ知らんやつは適当に無視しとく」
「ちょ、友達までスルーはやめてよ!?人間関係って大事なんだから!」
「ピヨ」
「それ肯定?てか人語?」

不安だ…激しく不安。昨日の会話を思い出す限り不安要素が多すぎる。というか大々的には知られていないみたいだけど、あの子ってば結構なチキンヘタレバーガーなんだよね。今どきなギャルである友達とキャピキャピなんて出来ているはずがない。様子見と称して、わたしは少し遠回りだけどG組の前を通ることにした。

「(あ、いたいた)」

真ん中の一番後ろの席にいた仁王くんは音楽プレイヤーを耳にさして机に伏せていた。…まあ、あれぐらい許してやるか。わたしもテンション低い日や眠い日はあんな感じだし。じゃあ様子確認したついでにジャッカルからノートでも貸してもらおうかな。わたしのノートってば前半は板書は完璧で色分けも丁寧なのに、後半ミミズだらけだからさ。「に、仁王くん!どうしたの?」ああ、ちょっと人をな。わたしが答えるとむくり、仁王くんが体を起こした。あ、

「(お は よ)」
「(足を開くなァ!)」
「(ん?)」
「(あ し !)」

慌てて足を閉じる。女子の自覚が足りてないよまったく!きちんとセットされたパーマを揺らして、仁王くんは申し訳なさそうに笑った。それに対してもう!と口を動かして、ふとわたしは彼を凝視する。あれ。そこにいたのは見慣れたはずのわたしなのに、何だか雰囲気が違ったのだ。違和感があるのは間違いなくて、けれど言葉で表せなくてムズムズしてしまう。顔はわたし、だけど内面から仁王くんがにじみ出ているような、そんな感じ。「仁王?」何秒もフリーズしていたせいでジャッカルには不思議な顔をされてしまった。





「(メッセージだ)」

一時間目の自習中、ポケットが小さく震える。わたしが借りてきたジャッカルのノートを赤髪の少年が必死で写しているのを横目で確認して、わたしは手帳型のスマートフォンケースを開いた。差出人は仁王くんである。

〈口パクでやり取りすんの楽しか〉

たったそれだけ。全くチキンのくせに真面目に授業は聞かないってどういうことなんだか。なんて思いつつも思わず口元はゆるんでしまう。だってわたしも同じこと思ってた。二人だけの秘密の暗号みたいで、普通のお友達とは得られないような妙なスリルがあったから。

「ニヤケちゃって、誰から?」
「え、あー…お前さんのカノジョ」
「は、なまえ!?」
「前も言ったじゃろ。俺今みょうじの従姉狙っとるじゃけん、相談乗ってもらっとるじゃけん」

ブンちゃんは教科書の影にグミの袋を広げるとポイポイと中身を口に運び出した。そういやそうかと顔に書いてあるあたり単純である。なんて偉そうに言っているけど、この言い訳を思い付いたのはもちろん仁王くんだ。わたしなんて急にブンちゃんが話し掛けてくるもんだから、用意されていた台詞を思い出すだけで手ぇびっしょびしょだもん。でもおかげで怪しまれることはなかったし、これから連絡を取っていても疑問に思われることはなさそうだ。

「あー…なまえの名前聞いたらイチャイチャしたくてたまんね」
「ハイハイ」
「部活がなけりゃなー…あのな、なまえってマイナスイオン出てんだよ。癒し効果っつーか安心感あってさ…」

仁王くんも大変だなあ、こんな超下らないノロケ話をほぼ毎日聞かされていたなんてちょっぴり同情だよ。彼に愛されているのは感じつつも、自分の誉め言葉を直接耳にするのはどうも気恥ずかしくて、わたしは話半ばにスマホを取り出した。適当にスタンプか何かで返事をしとこうと思ったんだけど、あれ、ちょっと待って。仁王くんから新しいメッセージが届いているとの通知が出ていて。それを開いたわたしは文字通り固まってしまったのだった。

〈ちなみに〉
〈合唱祭はフケるつもりじゃから、そこよろしく〉


(20110319 加筆)
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