「ひとーつ 姉貴とは喋らない」
「ひとーつ 一日2500kcalまで!」
「ひとーつ 姉貴には逆らわない」
「ひとーつ 黒タイツ着用していいからスカートは二回折ること!」
「ハア…」
「なによ文句あるの」
「いてっ…ないデス!」

再び屋上に戻ってきたわたしはこのボサボサの髪のカムフラージュのため、頭のてっぺんにせっせとお団子をつくっている。わたしはパーマを当てているからきちんとセットしないとボンバーになっちゃうんだけど、さすがにそこまで仁王くんにお願いするのは可哀想だ。仕方がない、毎朝ちょっとだけ早く来てもらおう。そんなことを考えながらUピンを挿していく。

「いい?一日おきでトリートメントするんだよ?土曜日は美白パックだからね。それから…」
「三日に一度ムダ毛処理。洗顔はしっかりして寝る前は保湿クリームと睫毛の美容液、じゃろ?もう何度もきいた」
「女の子は大変なんです」
「まったくじゃ 尊敬する」

他の生徒たちがHRをしている間、わたしたちはこれから生活する上での様々な取り決めをした。これだけは譲れないって部分を挙げていくとわたしは美容や身体のメンテナンス、仁王くんはお姉さんに関することしか出てこないから面白い。不幸中の幸いか、わたしたちは某りんごマークのスマートフォンを愛用していたから、カバーだけ取り替えて中身は本人がそのまま持つことになった。さすがに人のふりしてLINEとかするのはしんどいからね。あと字や癖みたいな細かいところもドンマイってことで。
一番の問題といえば彼が所属するテニス部のことだった。インターハイ優勝常連校の練習に当然わたしが付いていけるわけがなく、仁王くんにはとりあえずのところ部活をお休みしてもらうしかない。けどなあ、理由が手首の捻挫って、わたし嘘下手だしバレる気しかしないよ。そしてバレたら怒られるのはわたしっていう。

「真田だっけ?あの人怖そう」
「…もっとやばいのも居るけどな」
「? よし、でーきた」
「あたま重い」
「そんなことないよ」
「まあええ。じゃ次、おまえさんの番」

んん、わたしの番?頭の上のクエスチョンマークに答える代わりに、仁王くんはわたしのウエストから細いゴムを取り出す。「頭こっち向けて」と言われたから素直に後ろを向くと、ブリーチのダメージが全く見当たらないサラサラの銀髪に指の感触が通った。慣れた手つきで髪が一つに結われていく。

「仁王くんって髪結ぶんだ」
「ほどいとると女子がうっさいんじゃ」

仁王くんが言うと嫌味に聞こえないから不思議だ。たしかにさっきのままだとフェロモン垂れ流しだもんね、なるほど蓋はここだったのか。『女子がうるさい』とか『オンナが寄ってきて困るぜ、フッ』なんて台詞、そりゃあ人生で一度で良いからわたしも言ってみたい。とまあ今なら言えちゃうわけなんだけど、仁王くんの本性を知っちゃうと素直に面白がれない…ってあああ!急に大きな声を上げたわたしに仁王くんの肩がびくんと跳ねた。

「やばいよ、におくん!!」
「なん、なに?」
「今日の朝…、さ」

そう、登校中に偶然会ったブンちゃんから確かに聞いた。仁王くんはいつも不特定多数の女の子と遊んでるプレイボーイなんだって。あれ、さっきの純情キャラヘタレ男どこいった。なんだかバリバリ現役のオスみたいなんだけど。

「…てことはわたし、仁王くんのガールフレンドたちとイチャイチャしなきゃいけないってこと?」
「は?」
「無理!それムリだよ!わたしそんな経験ないのに!しかも女の子なのに!」

あれかな、わたし仁王くんになりきって女の子を押し倒してチョメチョメしなきゃいけないとかそういう感じ?ええ、そんな無茶な。考えただけでも恐ろしくて思わず血の気が引いていくのが分かる。

「何となくみょうじの言いたいことは分かったナリ」
「どうしようそんなの出来ない!」
「じゃあ今練習してみる?」
「やーめーてー」
「ハイハイ冗談じゃ」

だけど否定しないってことはやっぱりガールフレンドは沢山いるってことなんだね。わたしとは決して交わらない次元のお話に気が遠くなりそうだ。もちろんわたしは仁王くんに注文つけまくってる身分だからなんとかしたい気持ちは山々。ただスキルが追いつかないし追いつきたくもないんだよう。そんなわたしの心を知ってか知らずか、仁王くんはクスリと笑って言った。

「おまえさんが厳守せにゃならんことは?」
「お姉さんの事は、見ない聞かない喋らない。ついでに逆らわない」
「そういうことじゃ。心配しんさんな」
「…うー」
「ま 元々本気の相手でもないしの」

そう言って仁王くんはまた笑ったけれどその笑顔は何だか寂しげで。もしかして本当はその中に本命の子がいるんじゃないかなんてふと思った。いいのかな。でもスマホは彼がそのまま持っているから上手く複数とお付き合いを継続していくつもりなのかもしれない。チャラい。
と、そんなことを考えていたところで、キーンコーンカーンコーン。一時間目の予令を知らせるオーソドックスな音が響き渡った。わわ、もうそんな時間か。朝から色々ありすぎたせいか授業が無性にかったるくて、わたしはチラリと仁王くんへ目を向けた。そういえばブンちゃん言ってたよね、仁王くんはサボり魔で昼登校の不良だって。と言うことはもしかしてわたし授業出なくても良いみたいな。うそやったね!

「ほら予令鳴ったけ、はよ教室行こ」
「…そんなことだろうと思ったけどな!!」
「じゃって俺怒られんのやだもん」
「(もんっ…て、)ちなみにきみが昼登校の不良ってのは?」
「あれは姉貴とけんかしとって遅くなっただけじゃ。普段は真面目にしとうよ」

屋上の扉はしれっと開けちゃうくせに先生に怒られるのは嫌なのか、とんだびびりがいたもんだよ仁王くん。そりゃあわたしだってこんな非常事態があっても学校に来てるわけだから、真面目なのをバカにする気はさらさらない。だけどこんなに何キャラか定まってない人間は初めてです。と、ぬっと視界に現れたのはお団子頭の影。それがブレザーについた埃を払いながら、わたしに向けて手を差し出してくる。

「…?」
「手」

意図がよくわからないまま手を出せば、ぐいと強い力で身体を引き上げられた。すごーい力持ちだねわたし。「じゃ、また連絡する」ヒラヒラ手を振り屋上から去る自分の姿を見送って、やっぱり仁王くんは不思議な人だと思った。っとやべ、わたしもB組に戻らなくちゃ。ブンちゃんと同じクラスになれたのは嬉しいけど何とも複雑な気分である。

「おう、仁王遅かったな!うんこか?」
「そんなこと違うじゃけんのう」
「は?!」

やっぱり仁王くん口調は難しい。練習がいるなこれは。そして彼の言う通り弟は騙せてもお姉さんは無理そう。あ、そうだブンちゃんとちゅーしないでねって後でLINEしておかなくっちゃ。

「仁王がおかしい…」
「そんなことないじゃけん!」


(20101120 修正)
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