"幸せの定義とは"の続き。正臣視点




「……人の下着で盛り上がってるとこ悪いんだけど、ご飯できたから、さっさと食べてくれる?」
正臣君のも作ったからこっち来て座って。腕を組んで、平たい皿が二つ乗ったテーブルに軽く腰掛けた臨也さんが少しだけ不機嫌そうな顔をして俺たちを見下ろした。静雄さんはその声に顔色一つ変えずに洗濯物を投げ出して立ち会ったので、俺も同じように、静雄さんの後ろについて歩く。あの静雄さんが臨也さんにキレないなんて、ほんとに凄い状況だ。文句は少し漏らすにしても、「それが洗濯物を取り込んでやった俺に対する態度か」と、その程度であの業務用のように大きい冷蔵庫が飛んだり、やたらとゴージャスなソファが飛んだりする事はない。改めて、すごいな、と内心思いながら、静雄さんの後ろをおずおずと付いていけば、その先には真っ白い皿に乗った黄色い物体が二つ。お子様ランチの様な容姿に、子供向けの旗まで立ってる。俗に言うオムライス、ってヤツだった。
「シズちゃんはこっち、正臣君はこっちね」
指を差された其れは、とろとろの卵と小さくはためくユニオンジャックと星条旗。付け合せの人参はハートや星型に象ってあって、プロみたいな出来栄えである。これを臨也さんが?と思ったが、彼は彼で料理が得意だと言ってたし、地味にこういう作業が得意そうに見えたので、俺は何も言わずにその素晴らしい容姿のオムライスに目を輝かせた。
しかし、どうしても一言だけ言わせて欲しい。仮に元憎しみ合っていて殺し合いの喧嘩をしていた相手だとしても、今現在付き合って居て、その上同棲までしている愛する彼に作る手料理にこんな悪戯はいけない。俺の方には星マークと、可愛くもない顔文字だけであるが。静雄さんの方は、読んでくれ、と言わんばかりに大きく真っ赤なケチャップで書かれた"シズちゃん死んで"の文字。そしてそれよりも大きく描かれているハートマーク。爛れた文字であっても他人からはいちゃいちゃしているようにしか見えない其れではあるが。静雄さんは大きな溜息を吐き出しながら、スプーンでその臨也さんの愛のメッセージをぐちゃぐちゃにしてたので、この歪んだ臨也さんの愛は伝わっていないと思った。俺が言うのも酷くお節介だけど、普通に"LOVESHIZUO"くらいかわいい事を書いておけば静雄さんだって臨也さんにそれなりの好意を返す事だって出来ただろうに。まあ、それでも彼らが幸せに見えたから、俺には全くもって無関係だけれど。
「シズちゃん最低、俺頑張って書いたのに。馬鹿。」
「最低はどっちだよ、食い物で遊ぶんじゃねえ」
そう言いながらもくしゃり、と臨也さんの頭を撫でる静雄さん。俺も釣られて赤面しそうなくらい、顔を真っ赤に染めて唇を尖らせた臨也さんは再びうるさいなあ、と文句を吐き出しながら、俺達を席に促した。なんだろう。何時もなら邪魔してやろう、とかそうな風に思う。それなのに今はこの二人はずっと見てたいような、自分が場違いのような、早く帰りたいような、そんな気がして。どれが本心なのか分からないけど、とりあえず、ああ、この人たちが幸せで良かったな、なんて思ってしまって、少し悔しくなった。
「冷めるよ、早く食べて」
臨也さんの声に、おう、と返事をした静雄さんが俺の向かい側の席に着く。もはや原型を留めないケチャップ文字の其れの前で彼は両手を合わせて、律儀にいただきます、と言ったので、俺も慌てて席に着いて、両手を合わせた。そうして訪れたこの時間は、まるで、家族のようだった。別に彼らが両親であれば良かった、とかそんな突飛なことは思わないけど。それでも、俺がこうして訪れても何も変わらずに愛を育んで、俺を家族のように持て成す姿を見てたら、彼らの幸せを願わずには居られなかったんだと思う。ぱくり、と口に入れたオムライスが、今と同じようにずっと、この味でありますようにとか。臨也さんの手料理に、静雄さんがいただきますと、手を合わせるだとか。そんな些細な事でもいいから、彼らが永遠に平和に暮らしていられますように、なんて。何処か、ぼんやり思いながら、俺は、黙々と目の前のオムライスを口に入れていた。

それから暫く、食事をしながら、他愛の無い会話をする。二十分程だったと思うが、あっと言う間に皿の上を空にした静雄さんに続いて俺も、米粒一つ残さずに、臨也さんのオムライスを間食した。正直、悔しいけどかなり美味しかった。ほんとにほんとに、あの臨也さんの手料理がこんなに美味しいなんて全然、全く、認めたくないけど。とりあえず、ごちそうさま、だけは礼儀としておく事にする。なんてね、俺も、臨也さんのツンデレが移ってしまった様だ。
「ごちそうさまでした」 「ん、ごちそうさま」
「はい、お粗末さまでした」
俺と同じようにきっちり、と手を合わせて頭を下げた静雄さんを臨也さんは食事を終えて早々、早速とばかりに、風呂へと促す。てっきり、指図するな、とかそんな会話が聞けるかと思ったけど静雄さんはあっさり、と頷いてバスタオルを持って廊下に消えていく。「あとで着替え持ってくね」なんて言う夫婦の様な会話付きで。正直、何だか拍子抜けだった。まさか、池袋の喧嘩人形がこんなに素直に臨也さんに従うとも思わなかったし、それに、あの、臨也さんがね。本当に信じられない。けれどこれは紛れもない事実で、現に臨也さんは、俺の目の前で楽しげに鼻歌を歌いながら綺麗に平らげられた真っ白いお皿を流しに運んでいた。それから、彼はテーブルに並んだ皿やグラスを片付ける作業の合間に、「シズちゃんと俺じゃ、量が多いから腐る前に分けてあげるだけだよ」なんて説得力の無いツンデレな言葉を吐き出しながら、ビニールいっぱいの桃を俺に差し出した。なんとも、立派な桃が沢山入った袋に、目を丸くする。すると、臨也さんは、じゃあ帰ってね、と悪びれも無く笑って、俺の背中を撫でた。まさか、呼び出された理由はこれだったとは誰が思うだろう。普通に夕食に招かれて、その上土産まで持たされるとは、思わなかった。ほんとはまた、ヤバイ仕事頼まれたらどうしようとか、そんな事ばかり思ってたのに。
俺は、本当にこの、折原臨也が変わった事を実感した。


静雄さんが風呂から上がってくる前に、臨也さんに、マンションを追い出された俺は、外なうである。まあ、それは別にいいんだけど。本当に、彼が桃を持たせただけで、最後まで何も言わないなんて。何か、現実じゃないようで、俺はまだ夢の中に居るみたいだった。いや、多分今までが普通じゃなさ過ぎた所為だと分かってるけど。それでも、あの臨也さんが、なんてまだ信じられなくて。電灯で照らされただけの真っ暗な道をとぼとぼと歩きながら、するり、と通り抜ける寒さに肩を竦めた。深く吸い込んだ息をそっと吐き出して、まだ白く染まる吐息をぼんやりと眺めれば、空に瞬く星が見える。そうして、目を閉じて、今見てきた光景を振り返れば、目蓋の裏には何とも臨也さんしか居なかった。臨也さんが、見たこと無いくらい幸せそう笑う。臨也さんが、あんなに不機嫌そうにそれでも何処か愛しげに静雄さんを見る。臨也さんが、キッチンに立ち静雄さんや俺に振舞う料理のために悩む。そうして今まで見てきた、臨也さんは、少しだけ遠く感じた。その理由は、俺が一番知ってるんだけど。それでもこの気持ちは気付かないフリをするべきだと分かってたから。目蓋の裏に浮かび上がる彼の幸せそうな笑みや仕草。そしてさっき食べた泣きそうになる程美味しいオムライスの味をを掻き消して、掌に食い込むビニールを持ち直しながら、静かに目蓋を持ち上げた。
「…ああー!何処に居るんだよ!俺だけのハニー!」
浮かび上がる空は、腹が立つくらい綺麗。そうして静寂に飲み込まれていく声に、はは、と笑って、俺は池袋に続く真っ直ぐな道をまた歩み出す。けれど、やっぱり悔しいので、近い内また、臨也さんと静雄さんの邪魔をしに行ってやろう、と思う。それくらい、きっと神様だって許してくれるだろうし。紀田正臣をナメるな、なんてね!彼らに思わせてやろう、と心の中で静かに誓った。





君のオムライスが一番好きだ









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