同棲静臨。続きますん。




偶然、電車を下りてすぐに、こいつに会った。名前はなんだったか。えーっと確か、紀田とか言うヤツだ。臨也とやたら仲が良くて少し馴れ馴れしいが憎めないヤツ。俺はこいつをそんな風に頭の中にインプットしていた。その紀田と何故俺が、未だに一緒に居るのかと聞かれれば、別に理由なんてねえ。俺は臨也と一緒に暮らしてるマンションに帰るだけだし、こいつはその臨也に呼び出されたとかで、俺に付いて来やがる。だから、帰り道が一緒になることは不思議な事じゃねえんだ。この沈黙を除いては、な。紀田に会うときは、あの竜ヶ峰と園原とか言う二人と一緒に居るとき以外あまり会った試しがねえ。二人っきりで話したことなんて勿論ねえし、なんつーか気まずくなって、俺は何故か紀田を飯に誘っていた。俺が作るわけではない。しかし今頃臨也は俺の晩飯の支度をして待っている頃だ。一人ぐらい増えても、文句は言わねえ、だろうし、あいつもこの時間帯に誘ったんだ、飯くらい食わせるに決まってる、と予想は付いたから。まあ、代わりに誘ってやったと思えば、どうって事ない。俺はそう思って臨也の待つマンションのドアを開けた。
ぱたり、ぱたり。スリッパが床を叩く音が聞こえた顔と思うとすぐに、臨也はリビングから廊下に現れて、水色のエプロンをひらり、と靡かせながら「おかえり」と言った。その声に靴を脱ぎながら「ただいま」と返して、紀田を振り返る。紀田はぽかん、とした様子で何とも微妙な顔をして、俺を見た。
「正臣君も、いらっしゃい。中入って待ってて」
そう言って、臨也はリビングからキッチンに戻る。紀田は小声で、俺と臨也が一緒に住んでる事を不思議だと呟きながら、苦く笑みを見せた。自分では全く違和感を感じない。もう一緒に住み始めて一年以上経つし、おかえりやただいまの挨拶。臨也が晩飯を作って俺の帰りを待つ光景が当たり前なってしまっている。しかし、他人から見れば、とんでもなく、違和感を感じるのは百も承知だった。あの新羅でさえ、空前絶後だとか、前代未聞だとか、言ったくらいだ。あまり俺と臨也の関係を知らなかった連中からすれば、これはきっと有り得ないことなんだろう、と思った。まあ、俺はそんな事どうでもいいんだけどな。(多分臨也も)
二つ並んだスリッパの俺専用(何故かもふもふした犬?か猫?か良く分からない生き物)を履いて温かみのある淡い赤茶に照らされた廊下を通ってリビングに入る。すでに廊下の中盤から漂い始めていた、独特の酸味の強い匂いがリビングに入った瞬間、ふわり、と強くなって一時的に口の中に唾液が溢れた。ごくり、と唾液を飲み下し、今日のメニューを思い浮かべる。この匂い、イコール多分、俺の好物。そう思った途端、ぐう、と腹の奥底で蟲が鳴いて、空腹を訴えた。
あー、腹減ったな。頭の中で思っただけで口には出さず、緩めた蝶ネクタイをソファの上に腰掛けて、シャツのボタンを外す。テレビはこの時間お決まりのバラエティ番組で特に興味の無いので、朝にはこんもりと吸殻が乗っていたはずのピカピカの灰皿を引き寄せて、煙草に火をつけた。すぐに肺いっぱい吸い込んだ主流煙を呼出煙へと変え、目の前を紫煙でいっぱいにしながら靴下を脱ごうと手を掛ける。しかし、既のところで、後から呼び掛けられて手は止まり、俺は声の先に振り返った。
「シズちゃん、悪いんだけど洗濯物朝から干しっぱなしでまだ取り込んでないから」
取り込んでおいて、と臨也はほぼ作り上げられている食卓にテーブルクロスやグラスを飾りながら言う。少し申し訳無さそうに見えたのは完全に俺の欲目だとは思うが、何だか愛らしく見えたので、そのエプロン姿に免じて此処は素直に従ってやろうと、返事をして立ち上がった。片手にした煙草をもう一吸いだけして、灰皿にぐるり、と押し付けて揉み消し、リビングから左手のテレビの脇にあるベランダの窓をからり、と開ける。その瞬間、ひゅるり、と入り込む、三月の冷たい空気に舌打ちをして肩を竦めれば、再び後ろから、風邪引くから上着くらい着なよ、と小言を言われてすぐに二度目の舌打ちを落とした。上着持ってくんのめんどくせえんだよ。これ位で風邪なんて引くか、とばかりに、臨也の言葉は完全に無視を決め込んで、朝から干されっぱなしのシャツやパンツをカゴに投げ入れていく。見事にカゴの中に入るヤツも居れば、脇に落ちて無残な姿を晒しているヤツも居たが、臨也は見ていない。いつもなら、汚れるから止めろだの何だの文句つけてくるし、その前に俺に洗濯物を滅多に触らせる事もない、あいつが、今はキッチンで難しい顔をしているもんだから何か笑えた。 ……つうか、紀田居たんだな。キッチンに居る臨也を見るついでに視界に入った紀田は俺と臨也の間を右往左往として 落ち着かない様子だ。しかし、今の今まで俺にとっても臨也にとっても空気みたいな存在だったかと思うと多少は申し訳ない気持ちにはなった。そもそもよぉ、臨也も呼び抱いたならさっさと要件済ませて帰してやりゃあいいのによ。(別に臨也と二人きりになりたいとかそういう理由では断じてない)紀田の事はノータッチでちっとも話をする気が無さそうだし、紀田は紀田で、俺たち二人しているこの空間に萎縮しているようだ。全くもって、めんどくせえ。なんで俺が、と思いつつ、洗濯物をぐちゃぐちゃに突っ込んだカゴを持って室内に戻る。がたり、と乱暴な手付きで、カゴをリビングのど真ん中に置き、ちらり、と俺のほうを伺った紀田を手招いて、ソファに座らせた。素直なその様子に、あいつもこれくらい可愛げがあればいいのに、なんて思ってすぐに止める。ぜってぇ、無理だろ。寧ろ気持ちわりい。臨也が文句一つ言わないで俺の傍に来やがったら。だからあのままでいい、と結論付けて、床にどたり、と腰を落とすと、無造作に取り込んだ洗濯物たちをフローリングに鏤めた。
「暇だろ?手伝えよ。」
そう言って、臨也の目立つ色の下着を持ち上げて畳み始めた俺に、紀田は可笑しそうに笑って、はい、と返事をした。さすがに下着を畳ませる訳にも行かないので、俺のYシャツやら、臨也の靴下を畳ませる。その間紀田はずっと、臨也のその目立つパンツに腹を抱えて笑っていた。そうして、俺は少しばかり、心の中で思う。


…ああ、幸せ、かもしんねえ、と。






幸せの定義とは









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