4月(瑞希)

バカサイユで昼ご飯を食べた後、いつもより軽い眠気が僕を襲う。でも眠いことには変わりはなくて、僕はのんびりと廊下を歩く。

ベッドまでもう少し。

漸くたどり着いた目的地の保健室に入る。いつものようにそのままベッドまで一直線のはずだった。けれど、その予定がくずれた。掛けられた声で。

「こんにちは」

いつもなら掛けられるはずのない声。人がいても僕に話し掛けてくることなんかなくて、僕も気にせず人が居ようが居まいが関係なく、ただベッドで寝るだけ。だけど今日は違う。先程に続けて言葉が僕に投げかけられる。

「どうしたの、体調悪い?」

想定外のことに驚いてまだ入口付近に居た僕の下へ歩み寄ってきた人を改めて見て気付く。3月までここに居た人とは違う人だということに。僕より大分小さい女の人だというのは変わりないけれど、前にここに居た人より随分若い。というより幼い?僕とそう年齢も変わりそうにない。その人は僕が体調不良だと思い込んでいるのか、心配そうな顔で僕を見上げる。なんだか小動物みたい。

「……誰?」

「……えっと、今年度から赴任になった織本舞夜です。よろしくね」

思わず口から漏れた疑問に彼女は少し面食らったようだったけれどすぐに表情を笑顔へと変えた。

「うーん、でも始業式で一応挨拶したんだけどな。緊張してたしやっぱりあんな下手な挨拶じゃよく分からなかったかな?」

顎に手を当て思い悩みながら、彼女は僕に問い掛けてくる。けれど僕はその質問には答えられない。だって……

「………始業式、出てないから…」

「え、あぁそっか。それならわからないよね」

僕の答えに安心したのか彼女はまた笑みを浮かべた。始業式さぼったとか怒らないの、この人?それとも単にさぼったことを知らないから?

「………………」

そんなことを考えていたら彼女の視線がある一点に集中してることに気が付いた。……トゲーを見てる。

「すごい、白いトカゲなんて珍しいね」

「クケー!」

「……えっ!?鳴いた?あれトカゲって鳴くんだっけ?」

「クケー、トゲトゲトゲー!」

「…………喋ってる」

興味深そうにトゲーを見つめてる彼女の言葉にトゲーは嬉しそうだった。喋ったトゲーを見て彼女は目を丸くして驚く。でも間違えてるからトゲーと一緒に否定すると今度は目を輝かせていた。

「喋るトカゲなんだ。へぇー、益々すごいね!いつも一緒にいるの?」

「…………トゲー、友達…」

「トゲー!」

「ふふふ、動物と仲良しなのね」

僕は一じゃないけど。でも確かに体温のない生き物は好きだからいいか。

「さぁ、そんな所に立ってないで。とりあえず座りましょ」

僕の背中を押して移動させると強引に机の側にある生徒用の椅子に座らさせられる。

「それで今日はどうしたの?えーと、」

「………斑目瑞希…」

正面にある椅子に彼女も座り、僕と向かい合うとまた話し始めた。言葉の途中で止めて困った顔するから多分僕の名前を知りたいのだろうと思って教えると彼女はありがとう、とまた微笑む。でも僕の名前を知らない人がいるなんて珍しい。この聖帝では、勝手にだけど、名前が知れ渡っているのに。きっとこの様子だとB6のことも知らないだろう。

「斑目くん、風邪でも引いたの?」

「クケー」

「どこか怪我したとか?」

「トゲー」

「じゃあお腹痛いとか?」

「クケケー」

改めて問い掛けてくる彼女に、僕に代わってトゲーが首を横に振って否定の意を返した。すると彼女はまた悩み出す。ころころ表情が変わって面白い。

「…………眠いだけ」

あくまで僕のことを真面目に診るつもりらしく、あまりに困った顔をするから正直にここへ来た理由を言ってみる。すると彼女は案外あっさりと僕の言葉を受け入れた。

「そっか。睡眠不足?」

「トゲー!」

「あ、そうだったの。ごめんね、眠いのに話に付き合わせちゃって……」

「…………クケー?」

睡眠不足というより眠っても眠っても寝足りないだけだけど、僕の代わりにトゲーが今度は首を縦に振ると彼女は予想外の優しい反応を見せた。それにトゲーと顔を見合わせて戸惑う。そんな僕らに気付くことなく彼女は立ち上がると、部屋の奥にあるベッドへと向かっていく。

「じゃあこっちにおいで。斑目くんは一番奥のベッドね」

「…………怒らないの?」

ベッドの布団を捲って僕を手招きする彼女の下へ歩み寄り、問い掛ける。墓穴を掘ることになると分かっていたけど何故だか聞かずにはいられなかった。

「授業サボることになるのにって?」

「…うん………」

小首を傾げる彼女の言葉に頷く。今は昼の休憩が終わるころ。もうすぐ午後からの授業も始まる。

「うーん、私もついこないだまで学生やってたから、授業中にどうしても眠たくなっちゃう気持ちとか分かるんだよね。それに今日は今のところベッドも使ってないから良いかなって」

彼女は少し恥ずかしそうに、でも微笑みながら答える。

「それにね、今無理して授業受けるより今日は少しだけ休んで、明日は二倍も三倍もしっかり頑張ろうって思える方がいいと思って」

話しながら、立ったままだった僕をベッドで横になるように促す彼女はとても優しい顔をしていた。

「あ、でもあまり頻繁に授業時間に寝るためだけに来るようなら流石にダメだって言うけどね。授業受けたくないなって思うなら相談にも乗るし、何も無くても休憩時間や放課後だったらいつでも遊びに来てくれていいから」

「…………うん」

ベッドに寝ころんだ僕に布団を掛けると彼女は柔らかく笑って、その表情になんだか少し見惚れて。以前のように授業中でも頻繁に来るつもりだったから困ると思いつつも、何故だか素直に頷いてしまっていた。

「何時に起こして欲しいとか希望はある?」

「…………別に…」

「じゃあ下校時間になっても寝てるようなら起こすからね」

「…………うん」

「お休み、斑目くん」

そう言って彼女はベッドを囲うカーテンを静かに閉める。そして聞こえ始めた足音が段々と遠退いていき、ギィという音と共にそれは消えた。きっとさっきの椅子に座って何か作業を始めたのだろう。

僕も目を閉じて眠りへ入ろうとする。でも眠たかったはずなのにスッと眠りにつくことは出来なくて暗闇の中で思い浮かぶのは不思議と彼女のことだった。ふいに体を触られたけど何故かそんなに嫌だと感じなかったことだとか。トゲーのことをあっさりと受け入れたことだとか。あのふんわりとした優しい笑顔だとか。


……織本先生か………。

少しここにくるのが楽しみになった気がする。

明日はちゃんと授業に出てみようかな。








そして数時間後。
彼女に体を揺すぶられて起きて、僕はまた驚くことになる。




壁を無効化する人。



bkm
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