いつものように戸をくぐると「おかえり、義丸さん」と声が聞こえる。
私が「ただいま」と言う前にいつもそう言われるんだ。
「なんでわかるの?」
「あなたの足音くらいもう覚えたわ」
にっこり笑う顔は私に向けられているものの、目は違う所を見ているように見える。
生まれつきではなく、病で光を失ってしまったのだと聞いた。私と出会った時にはすでに強い光なら感じ取れる、という程度にまで目が見えなくなっていた。
だんだんと見えなくなっていく日々はさぞ辛かっただろう。蜉蝣も片目を失っているがあれは戦での怪我が原因だ。あれも壮絶だったけど、じわりじわりとやられる方が私は残酷だと思う。それも両目。
そう、だから清香は私の顔を知らない。
「もし、私じゃなかったらどうするの?」
「ふふ、どうするって?」
「例えば盗っ人とか」
「ここには盗るものなんて何にもないじゃない」
「じゃあ重とか」
「重さんならいいでしょ?」
「ダメ。私以外はここに入れないで」
後ろから抱きしめて「心配なんだよ」と言っても笑ってあしらわれる。
何度好きだよ、愛してるんだって言っても「ありがとう」って半分冗談のように受け取られる。今までにないくらい真面目な顔で口説いてるのに、その顔は清香には見えていないんだ。
「義丸は心配性ね」
「そりゃ、清香が大事だから」
「それはどうも。でも、大丈夫。あんまり心配しないで。ここにだって毎日来なくていいのに」
「清香は私に会いたくならないの?」
「どうかな。そう思う前にいつも義丸は来てくれるから」
いつもこんな感じ。
今まで何人もの女の子に愛してもらえたのは、多少は見栄えのする容姿のせいなんだと改めて思い知る。
そして清香にとっては見た目なんてどうでもいい事なんだ。
必死で私が追いかけて、やっと保っている恋人ごっこ。
きっと、私が来なくなったら清香は追いかけてきてはくれないんだろう。
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