「その子を解放しろ。私が代わる」
あたしのミスだった。宅配業者を装ったテロリストにあっさり捕らえられ、拉致。車に乗せられ連れてこられたのは、だだっ広い倉庫だろうか、コンテナのような無機質な建物の中であたしは拘束されてしまったのだ。
どこかの埠頭なのか船と波の音がする。それに潮の匂い。
どれもがあたしを不安にさせる。
相手は2人。他の仲間はきっとこの後の逃走に備えてどこかで待機しているのだろう。
要求は刑務所にいる仲間の解放と逃走資金。そしてその交渉にやってきたのは照星さんと凄腕さんだった。
テロリストはあたしの携帯からその名前を見つけ、交渉人に指定した。人質に親しい人間の方が冷静さを欠くだろうというテロリスト達の考えからだった。
そして、照星さんは自ら人質を買って出たのだった。
「照星さん!そんなのダメです!」
「そうだ。人質は女の方が扱いやすい」
「言っておくが彼女に人質としての価値は薄い。私の方が何かと要求が通りやすいと思うが、どうだ?」
「だめだ」
「頑固だな。私は丸腰だ。何を怖がってる。私はただ恋人に傷をつけられたくないだけだ。どちらにとっても好都合だろう」
「照星さん……」
思わずポッとなってしまった。情けないあたしとは対照的な凛々しい彼の姿が王子様のように見えてしまった。
「お前、何赤くなってんだ」
「だって、あたしの事、恋人って言ってくれた」
「馬鹿か!状況を把握しろ!」
しばらく考えたテロリストは照星さんの要求を飲んだ。
縛られていた縄は解かれたが頭に突きつけられた銃はそのままだ。
「お前が先にこっちへこい」
「焦るな」
「照星さん……ごめんなさい、あたし……」
「もう大丈夫だ。よく頑張ったな。怖かっただろう」
あたしのせいなのに、笑って頭を撫でてくれた。あたしに向けられていた銃が今度は照星さんのこめかみに据えられる。
トンと背中を押されてあたしは自由になった。
「こっちへ」
凄腕さんが手招きする、照星さんとは10メートルほど離れた所によろめきながらも歩いて行った。今、頭を撫でてもらったはずなのにもうこんなに遠い。
照星さんは両手を顔の横で、ホールドアップの姿勢のままあたしを見て微笑んだ。
まるで「大丈夫だ」って言ってるみたいに。
後頭部には銃が突きつけられているというのに、こんな優しいアルカイックスマイルがどうして出るんだろう。
- 46 -☆しおりを挟む☆
≪back