「いいザマだな、照星」
そう言い放ったのは、テロリストではなく、あたしの横にいる、味方のはずの人だった。口角を意地悪く上げて、この状況を楽しんでいるようにさえ見える。
「ちょっと……凄腕さんっ!何してるんですか!」
袖の中に隠していた銃を出し、その銃口はまっすぐと照星さんに狙いを定めている。慣れた姿勢で構えた銃は少しもブレない。
あの鋭い目つきをよりいっそう強くして射すくめていた。
「俺はコイツが昔っから大っ嫌いなんだ。照星、ここで死ね。俺が上へ行く。ついでに小夜も貰ってやるから安心しろ」
「ふざけるな」
静かに、けれど照星さんの額には冷や汗が流れた。凄腕さんが冗談なんかじゃないと彼にはわかっているみたいだった。あたしにはまるで信じられない光景。
「やめて!こんな時に冗談はやめてください!」
「冗談なもんか。こんな絶好のチャンス、俺が逃す訳ないだろ」
この二人に、一体何があったんだろう……
「お前を撃ってそこのテロリストも仕留めて、俺は外事課に戻ってやる。お前の代わりにな」
あたしの知らない確執があったのか、ただの出世争いなのか。
今は詮索している場合じゃない。とにかく止めなきゃ。
凄腕さんのスーツを引っ張って、銃を下げさせようと必死にしがみついた。
「絶対、撃たせませんから!」
「邪魔だ!退け!」
「いい人だと思ってたのに!」
あたしは突き飛ばされて、床に転んだ。照星さんが凄腕さんの名前を叫んだような気がしたけれど、あたしには聞こえなかった。
無声映画のように、そしてスローモーションのように照星さんが胸を押さえて膝から崩れる……
すべてがモノクロームの世界で、噴き出した彼の血液だけが赤く見えた気がした。
「いやあぁぁああっ!照星さんっ!照星さん!」
テロリストの銃も構わず、駆け寄ってその意識を確認する。うっすらと開いた目、苦しそうに息をする口元。あたしはすがりついて彼の名前を呼び続けた。
「小夜……はぁ……っ、」
「照星さん……そうだ。きゅ、救急車、呼ばなきゃ……えっと、番号……」
携帯を探す手が震えて、うまくいかない。照星さんがパニックになるその手を握ってくれたのだけれど、血でぬるぬると滑る感触にあたしの方が青ざめた。
「いい……もう、無理だから……」
「よくないです!あたしのせいなのに、あたしのせいで、照星さんが……」
こんなになって……
「私は、小夜の為なら、死んだって構わないから……」
「照星さ……」
「ずっと、言いたかったんだ……愛してるって……君の為なら死ねるって」
ずっと、ずっと欲しかった照星さんからの告白。あたしの恥ずかしい妄想も及ばないくらい、ずっと情熱的な台詞で告げてくれたのに、それなのに、こんな状況だなんて……
あたしの頬を撫でてくれる、優しい手。
きっと、あたしがもっと素直な性格だったら、臆病じゃなかったら、とっくに幸せを噛み締めていたんだ。いつだって優しく抱いてくれたのに、変に勘ぐって……
あたしは馬鹿だ。
「あたしもです!愛してます!ずっとずっと、言えなくて……だから、愛してるから、死んじゃだめ……死なないで……お願い……照星さんがいなきゃ……だめなんです……」
「……それが、聞けて、よかった……」
「照星さん……!」
「小夜、少し、寒い……」
「い、いや……!照星さん!しっかりしてっ!」
「最期に、キスして……」
強く抱き締めて溢れる涙も構わずに、照星さんの頬に自分の頬を重ねた。
あたしを撫でてくれた手が、重力に従ってだらりと垂れた。
閉じた目とは逆に少し開いた唇。そこに口付けた。
奥歯を噛みしめたままの、今までで一番下手くそなキスだと思う。
嗚咽が込み上げきて、上手くキスなんてできないよ……
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