体育祭ヒーローズ | ナノ
#体育祭ヒーローズ(前編)
体育ほど不毛な授業はない。
ましてや体育祭なんて、不毛中の不毛!
そんなものに参加するわけがない。
朝のホームルームで雛川が…
『帰りのホームルームで、体育祭の参加競技について話し合おうと思います。各自参加したい競技を考えておいてちょうだいね』
と、言っていたが関係ない。初めから参加しないと決めているのだから…。
そんなことを思いながら、皆守甲太郎は、屋上の特等席で愛用のアロマパイプをくわえながら、流れゆく雲をぼんやりと眺めていた。
キーンコーンカーンコーン…
帰りのホームルーム終了を告げる鐘が鳴る。
鞄を取りに教室に戻ろうと思い、アロマの火を消して立ち上がった。…が、下手すれば移動中に雛川に捕まるかもしれない。
ホームルームをサボった説教の上に、体育祭の競技について突っ込まれては、体育祭をサボる気満々の皆守にとっては面倒なことになる。
まずは雛川が教室付近にいるかどうか確認する必要がある。
皆守は携帯を取りだし、教室にまだいるであろう親友に、雛川はその辺にいるかどうか、メールを出してみた。
数秒で戻ってきたメールには、『先生はもういない』とあったので、さっさと教室へ向かうことにした。
「じゃあね〜!練習頑張って!!」
「ねェ、マミーズ寄って帰ろ〜」
帰宅する生徒たちの人波に逆らいながら、3-Cの教室に戻った皆守は、目的の鞄を手にすると、手作業をしている協力者に礼を言った。
「よぉ、助かったぜ、そーちゃん。」
蒼太は、サックスを磨く手を止めて答える。
「あぁ、どういたしまして。そうだ、体育祭のことなんだけどさ…」
「あっ、皆守クン!探してたんだよ〜!!」
ドタバタと相変わらず騒々しいお団子頭が、皆守のそばに駆けつけた。
これから部活なのか体操着姿である。
皆守の経験上、彼女に関わると、厄介事に巻き込まれることが多い。
「何だ八千穂?…厄介事なら先に断っておく。」
「良かったな〜やっちー!こ〜ちゃんの事、やっちーが探していたんだよ。体育祭のことで話があるってさ」
「…体育祭のこと?」
顎に手を当て、首をかしげる皆守に、八千穂はうんうんと大きく頷いた。
「そうなの!皆守クン、早くジャージに着替えて校庭で練習しよっ!!」
「なっ、れっ、練習だとッ!!?」
いきなりジャージに着替えて練習しろとは何事だ!?全くもって何を練習するのかさっぱりわからない皆守は、少しイライラした様子で、自分の頭をわしゃわしゃと掻いた。
「体育祭の競技、皆守クンは、あたしと二人三脚に出場することになったんだよ!だから、二人三脚の練習しようよ!!」
八千穂の言葉に皆守は唖然とした。
「…にっ、二人三脚だと!?」
二人三脚…、これまた厄介な競技である。互いの片足を結び、二人の呼吸を合わせてえっちらおっちら…ゴールを目指してひた走る。
「頑張れよ!こ〜ちゃん、やっちー!!俺のスペシャルゴールデンバディな二人ならきっと一位だっ!!!」
蒼太の応援に、八千穂は笑顔で応えた。
「うん、ありがとう蒼太クン!」
一方皆守は…
『スペシャルゴールデンバディって何だよ!?』
…と、内心ツッコミつつ、未だに自分が二人三脚に参加することになってしまったという現実を受け入れたくない様子で固まっていた。
***
「チッ、何でこんなダルいこと…」
仕方なくジャージに着替えた皆守は、渋々八千穂に連れられて校庭に出た。
体育祭を一週間後に控え、校庭では部活動は行われず、かわりに体育祭の競技練習をしている生徒たちの姿がある。
体育祭なんぞのために、汗水流して練習するなんて、何て不毛なんだろうと思いながら、皆守は準備運動を始めた。
「よし、準備運動OK!さっ、皆守クン、始めるよ〜?」
「わかったわかった…」
皆守は、でたらめに準備運動を終えると、八千穂の右側に立った。
「それじゃあ、足結ぶからね。」
八千穂は皆守の側について屈むと、自分の右足と皆守の左足を紐でくくり、立ち上がる。
二人三脚なのだから当たり前だが、距離が近い…。
「皆守クン、紐の結び具合、きつくない?これくらいで大丈夫?」
皆守の方を見て問う八千穂に、彼は目をそらして、落ち着かない様子で答えた。
「…別にきつくはないが…あんまり俺にくっつくなッ!」
人とすぐ触れあうほどの距離というのは、どうも慣れていない。側にいるのは八千穂とはいえ、一応女性だ。皆守は照れと恥ずかしさで顔を赤く染めた。
「はい、そこ二人ッ!もっとくっついて〜!!そうしないと〜走りにくいぞ〜っ!!!」
グラウンドのベンチに腰を掛け、パンを食べている蒼太は、ぎこちない様子の皆守に向け、冗談混じりで叫んだ。
「うっ、うるせーッ!!パン食い競争は、黙ってパン食ってろッ!!!」
「言われなくても食ってらーい!なぁ、たいちゃん!!」
蒼太は、一緒にベンチに腰かけてパンを食べている肥後に同意を求めた。
「そうでしゅ!ボクたちはちゃーんと、パン食い競争の練習をしているのでしゅ!!パン食い競争はボクたちに任せるでしゅ!!」
そう言って、モグモグうまそうにパンを頬張る二人を横目に、皆守は、ホームルームをサボらずに、パン食い競争辺りにでも参加することにしておけばよかったと後悔し、ため息をついた。
「…ごめんね、皆守クン…」
「あぁ?」
皆守の横で、八千穂はしょぼんとした様子で謝った。
「二人三脚なんて…嫌だよね。勝手に決めて…本当にごめんなさい。」
(謝るくらいなら、こんなこと初めからやるなよ…)
…と、皆守は言ってやろうかと思ったが、次の彼女の言葉を聞いてその気は失せた。
「…皆守クンは、いつも体育祭出ていなかったよね?一年の時も、二年の時も…。
今年は三年で最後だから…。せっかく同じクラスになったんだもん。皆守クンと一緒に…、みんなで一緒に、どうしても体育祭、やりたかったの!」
(……こいつは…何でこんなにお節介なんだ?生きることに意味も希望も見つけられず、ただ時間が流れていくのを、ぼんやりと眺めているだけの俺なんか…放っておけばいいのに…。
何故俺なんかを気にかける!?
八千穂も、あの女教師も…)
「だから…」
「…わかったから…謝んなよ。」
「…え?」
「これじゃあ、練習にならないだろ?…練習なんてさっさと終わらせて、俺は帰ってカレーを食う。」
「う、うん!そうだねッ!!あたしはハンバーガー食べよっと!!」
しょんぼり顔から、すっかりいつもの笑顔に戻った八千穂の顔を見て、何となくホッとした皆守は、彼女の肩に腕を回した。
「それじゃあ、行くぞ!八千穂ッ!!」
「うんッ!」
「「せーのッ!!」」
ズザアッ!!!
見事に足並みの揃っていない二人は、ど派手に校庭に滑り込んだ。
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2009年2月8日