卒業(中) | ナノ
卒業(中)if〜アルマリが中学生な話
水平線に真っ赤な夕日が沈みかけ、水面がキラキラと黄金色に輝く。
「きれいな夕日だね。明日はきっと晴れるよ!」
「そうね、気持ちの良い天気だといいわね」
アルスは、隣で眩しそうに目を細め、夕日を見つめているマリベルを、そっと見つめた。
潮風にふわりと髪をゆらし、夕日に照らされた彼女は、なんだかいつもと違うように見えて、自分の胸が高鳴り、顔が火照っていくのがよくわかった。
彼女に気取られないように、さっと目をそらすと、再び夕日を見つめた。
(これからは、こんな風に二人で同じ夕日を見ながら、帰り道をたどることもないのかなぁ…。)
そんなことをぼんやりと考えているアルスに、マリベルが声をかけた。
「アルス、どうしたの?」
「…ごめん、何でもないんだ…」
急に黙ってしまったアルスに、何も話しかけられないまま黙々と歩いていくと、いつもの分かれ道にさしかかった。
アルスは右の道を、マリベルは左の道を通り家路につく。
いつもなら、互いに『また明日』と告げて帰るものの、今日だけはなんと言えば良いのか、うまく言葉が見つからない。
夕日に照らされた分かれ道で、二人は微妙な沈黙の中、立ちつくしていた。
「あ、あの…」
先に沈黙を破ったのはアルスだった。
マリベルをしっかりと見つめると、胸に募る寂しさを押し隠して、できる限りの笑顔で話しかけた。
「あの、さ、…道は別々だけど、お互い、頑張ろうね」
月並みな言葉しか出てこない。
本当は、他にもっと伝えなくてはならない言葉があるのだが、胸の奥にある、はっきりとしないこのモヤモヤとした気持ちが何なのか、どのように伝えたら良いのか、自分でもよくわからない。
「それじゃあ…」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
マリベルは、帰ろうとするアルスの学生服をつかんで、引き留めた。
アルスが驚いて振り返ると、頬を赤く染めたマリベルは、彼に詰め寄ると真っ直ぐに向きあい、キッと睨みつけた。
「あたし…」
―どうせしばらく会えなくなるのなら、素直に想いを打ち明けよう―
卒業式の前に、そう心に決めていたのに、いざとなると言葉が出てこない。
(もしも、この想いを伝えたら、アルスはどう思うのかしら…。…あたしのことを、ただの幼馴染みとしか思っていなかったら…?)
それを思うと、マリベルのありったけの勇気は、みるみるしぼんでいった。
伝えたい言葉をのみこむと、つかんでいた学生服の裾をはなし、アルスから目をそらしてうつむいた。
「…マリベル?」
アルスが心配そうに声をかけると、マリベルは、ぽつりと呟いた。
「…ボタン」
「ボタン?」
何故ボタンなのか。
訳がわからず聞き返すアルスを、上目使いに睨めたマリベルは、火照った顔をさらに赤らめて言った。
「…ア、アルスの…、あんたの学生服の《第2ボタン》がほしいの!」
何故《第2ボタン》がほしいのか、それにはどのような意味があるのか、アルスにはさっぱりわからなかったが、マリベルに言われるがまま、学生服から第2ボタンをはずして、彼女に手渡した。
「ありがと…」
それを大切そうに受けとると、マリベルは、背を向けて走り出した。
アルスは、小さくなっていくマリベルの背中を、名残惜しげに見つめていた。
いまだにはっきりとしない、胸の奥のモヤモヤとした気持ちを抱えながら、アルスは、家に向かって歩き出した。
***
モヤモヤとした気持ちについて考えてみても、答えが見つかるわけでもなく、あっという間に家についた。
今日の夕御飯は、焼き魚なのだろう。
美味しそうな匂いが、家の外にまで漂っている。
「ただいま」
「おかえり、アルス。いい卒業式だったね!」
一足先に卒業式から帰り、夕御飯の支度をしている母マーレが、にこにことフライパンを片手に出迎えた。
「もう少ししたら夕御飯が出来上がるからね。制服を着替えたら、料理を運ぶのを、手伝っておくれ」
アルスは母の言葉に頷き、台所を通り抜けると、すでにテーブルについている父ボルカノに、「お仕事お疲れさま」と声をかけた。
「おお、アルス、卒業おめでとう。卒業式なんて、校長の話が無駄に長くて疲れただろう?」
ボルカノは、がははと豪快に笑いながら、アルスを見た。
息子の学生服姿を見るなり、ふっと小さく笑みを浮かべて言った。
「アルス、その学生服はどうした?」
「え?」
ボルカノは、自分の胸元をトンと指差して言った。
「第2ボタン」
「あ…その…」
「おやアルス、まだ制服を着替えていなかったのかい?」
出来上がった料理をせっせとテーブルにならべている妻に、ボルカノは息子の方を見るよう目配せした。
何事かとアルスを見るなり、マーレもまた、小さく笑みを浮かべた。
「…まあ!アルスもなかなか隅におけないね」
「???」
いまいちよくわからない両親の反応に、アルスがキョトンとしていると、ボルカノは、自分の顎髭を撫でながら、過去を懐かしむように目を細め、しみじみと言った。
「第2ボタンか…、懐かしいな。昔、母さんがどうしても欲しいって言うから、卒業式の日に渡したっけなあ…」
「なーに勝手なこと言ってんだい!父さんが自分から渡したくせに」
そうだったかなと、頭をポリポリとかくボルカノに、マーレは自分の記憶の方が正しいと、主張した。
先程から話題になっている学生服の《第2ボタン》。
それにどのような意味合いがあるのか、よくわからないアルスは、両親に訊ねてみると、逆に知らないことに驚かれ、母には半分呆れられた。
「まあ、この子ったら、《第2ボタン》の意味もわからずに渡したのかい?!」
コクリと頷くアルスに、マーレが説明をした。
「学生服の《第2ボタン》は、位置からいえば、持ち主の心臓の一番近くにあるだろ?恋する乙女が、意中の人のハート(心)が欲しいと思うのは当然の事さ。三年間心に寄り添っていたボタンが欲しいだなんてお願いするのは、いじらしい乙女の、精一杯の愛の告白だよ」
「あああ、あいの…こくはくぅ…!?」
マーレの説明を聞くなり、アルスはすっとんきょうな声を出して、一気に耳まで赤らめた。
先程のマリベルとのやりとりを思いだし、心臓が激しく高鳴る。
(…マリベルが…僕のことを?…僕は…マリベルのこと…)
マリベルのことをどう想っているのか。
自分自身の気持ちに素直に向き合ってみると、胸に抱えていたモヤモヤとした気持ちは、すうっと晴れていった。
きちんと彼女に、面と向かって伝えなきゃいけない言葉がある。
「ごめんね、父さん、母さん、ちょっと行ってくる!!」
そう言うなり、アルスは家を飛び出した。
あとがき
無駄に長ッ!
前後編で決着つける予定が、何故か長くなってしまったので、上中下にわけます(^_^;)
次の下(現在書き途中)で、この長ったらしい妄想も終わりますので(笑)。
色恋沙汰にはてんで鈍いアルスですが、ここ一番に強い男ですから、最後は頑張ってもらおうっ!(うちのアルスは、普段ポケーッとしていますが、本番に強い仕様となっております(笑))
しょーもないパラレルですが、最後までお付き合い下さるというお優しい方は、どうぞよろしくお願い致します!
2013年3月14日 風の字
※下に続きます
(※2013年3月23日追記)