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Zauber Karte

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溶けて冷めて愛されて


満月の晩限定の、誰にも言えない秘密の逢瀬。
今夜もきっと、彼は来る。
そう確信するのには理由があった。


−それではまた逢いましょう…。満月の輝く、幻想的な闇の中で…−


それ以来、彼は満月の晩になると私の前に現れる様になった。
あの日、いつもの様にカーテンを閉めようとベランダに向かっただけだったのに。


−こんばんは、お嬢さん…−


出逢ってしまった。
私の心を、お互いの運命を動かす存在に。


−あなた…もしかしてキッド?−


そう尋ねた時、彼を背後から照らす満月が、いつもよりずっとずっと綺麗に映った様な気がした。


−いいえ?飛び続けるのに疲れて羽を休めていた、ただの魔法使いですよ…お嬢さん−


見上げた月が、とっても美しかったから…。
だから、満月が現れる夜はこっそり窓の鍵を開けておく事に決めた。
そんな事が今では常となり、行き場の無い感情を誤魔化す様に今夜も互いに背を向け合う。
ああ、きっと彼が見たら怒るだろうな…。
空き巣に入られたらどうするんだ、戸締りはしっかりしなきゃダメだろ、って…。
ましてやあの大怪盗が羽を休めに私の元へ来ているなんて言ったら、それこそ…。


「…バカみたい」


少し話すだけの仲だったぐらいじゃない。
工藤くんが好きだって聞いたから、普段読書なんかしない癖にホームズの小説まで買って、勝手に1人で舞い上がって…。
いつまでも引きずって、こうして同じものを作り続けて…。


「あの…」


その声にハッとし、気が付いた。
いつもの様に純白のタキシードに身を包んだ彼が、もはや定位置となったベランダにもたれる様にして立っていた事に。


「…来てたんですね。声ぐらいかけて下さればよかったのに…」
「そうでしたね…申し訳ありません、お嬢さん…。満月に照らされたあなたの後ろ姿があまりにも神々しかったもので、つい見惚れてしまいました…」


相変わらずのキザなセリフ。
シルクハットを、細長くしなやかな指先で直す仕草。
私はこれまで、何度見聞きしたのだろう。
満月の夜、同じ時間にベランダの柵に立ち、夜の闇に沈む街並みを眺め続けていただけの彼。
昨日までは、交わす言葉も無ければお互いの存在をいちいち確認する事も無かったのに…。


「それより、1つ聞いてもいいですか…?」
「はい…何ですか?」
「ここへ来る度にいつも思っていた事なのですが…」
「…」
「何故あなたは毎晩の様にコーヒーゼリーを作っているんですか?」


その言葉に、自然と私の手の動きが停止した。


「それも、悲しそうな表情で…」
「…」
「何か特別な理由でも?」
「…何故、あなたは私が毎晩同じ事してるって分かったんですか?」
「…それは私が魔法使いだからですよ。他に理由が存在しますか?」
「…」


魔法使い。
その存在が確かなもので、彼に特別な力があるのなら…。


「理由なんてありません…。ただ作りたいから、作ってるだけです…」
「なるほど、それが理由ですか…」


ワンルームに響いた艶めかしい声。
その声色は、私が嘘をついてるのを見透かしている様な…そんな色を帯びている気がした。


「…片想い」
「え…?」
「片想いしてた彼が…コーヒーをよく飲んでたんです」


工藤くんが毛利さんと付き合い始めたという話を聞いた時から…ううん。
それ以前から、私の恋が120%叶わぬものになるという事は決まっていた事だったんだ。


「片想い…?それは初耳ですね」
「…彼、甘いものが苦手だから…。だから、ゼリーにしたらきっと食べてくれるんじゃないかと、思って…」
「そうですか…」


でも…。
もうそれも意味の無い事となってしまった。


「…ねぇ、キッドさん」
「はい、何でしょう?」
「あなたは…ありますか?誰かに恋をした事…」
「恋…?ええ、私も人間ですからね…。想いを寄せる相手はいますよ?」
「…そうですか」


もうこれを、作り続ける必要なんて無くなってしまった。
そんな事実から目を逸らしていたツケが、今ようやく回ってきた気がする。


ザバッ


気持ちのいい音を立て、排水溝へと流れていく黒い液体。
何度も何度も練習して、ようやく得た知識なんて全部無駄。
最初から全て、無意味だったんだ。
私の心も、鍋に入れたゼリー液の熱が冷めていく様に、どんどん冷めていけばいいのに…それも叶わない。
人間は本当に不自由な生き物だ。


「人って、何で恋をするんでしょうね…」
「え…?」
「これをうまく作れる様になったら、告白しようって…そう決めてたの…」
「…」
「ほんとバカよね、私…。好きになってはいけない人に心を奪われたりして、っ…」
「…」


毎晩キッチンに立って、ずっと同じものを作り続けた私の姿を、煌々と輝く満月が照らす。
これは慰めなのか、はたまた滑稽だなと月が嘲笑い、戒めてるのか。
どっちにしても、今の私には辛すぎる演出には変わりはない事。


「これからは私の為に…というわけにはいきませんか?」
「…え?」


白い布に覆われた指先が、私の口元に添えられた。


「そのほろ苦いコーヒーゼリーと共に、あなたの心を私に奪わせて下さい…。いえ、心だけでは無く、この真紅に染まる唇も…」
「キッ、ド…?」
「あなた自身の…何もかも全てを…どうか私に…」


月下の奇術師と交わした柔らかい口づけは、コーヒーゼリーとは対照的に甘く、私の胸を高鳴らせた。
次第に鳴り響きだす鼓動によって、その時の口づけが、どうか新たなものを生み出しますように。
私にとって、特別な魔法でありますように、と。
いつしかそんな願いが、私の中で芽生えだした。


bkm?

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