好きだと言えたらよかった





※穂積さんの漫画「式の前日」のパロディ。キラが女の子設定です。いろいろ設定を変えているので、なんでも許せる方のみどうぞ。



















明日、結婚する。



6月のある日。
連日の雨が嘘のように、今日は晴れ渡っていた。
鳥が気持ちよさそうにさえずる。
昨夜の名残で草木が濡れているものの、明日も晴れだと朝のニュースが伝えていた。


太陽の光がさんさんと舞い込む。
あまりに気持ちよくて、俺は行儀悪く縁側に寝ころんだ。

学校を卒業してから大手企業に就職した俺は、休む間もなく働き続け、気がつけば無遅刻無欠席で3年目を迎えていた。
仕事も任されるようになり、ある程度の余裕がでてきたと思う。

今日は平日で本来なら仕事をしている時間だが、こうしてひなたぼっこをしていても許される日だ。
ごろりと寝返りをうって廊下に耳をあてる。
穏やかな風が俺の背中を撫でていった。
古い家だから人の音が響く。
独りではないという安心感。


「あ、アスラン。こんなところにいた」
ぱたぱたと近づいてきていた気配が口を開いた。
仰向けになって声の主を探す。
両手を腰にあてた、小柄な人物が俺を見下ろしていた。

「キラ…」
「寝るんだったら向こうで寝なよ。風邪引いたらどうするの」
「ふっ……いつもと逆だな」
「茶化さない」
頬を膨らませた表情は実年齢に対して幼い仕草だ。
しゃがみ込んだ彼女は、なおも話し続ける。

「せっかく今日も休みとれたんだし、ゆっくり布団で休んだ方が休まるんじゃない?」
「いや、今日はついでに有給消化しておこうかと思っただけだよ」
「あー…今まで働き通しだったもんね」
「まあ、確かに明日、風邪ひいたらシャレにならないよな」
苦笑をもらすと、思わぬ真顔と目があった。
視線でその意味を問うと、ああとかうんとか曖昧な言葉で顔を背ける。

「や、さっきから休日にダンナが昼間っから寝っ転がっているように見えて。もうめざわりでめざわりで…」
「……」
「……もちろん、ねぎらっている意味でだよ?」
「……そうか」
言葉の意味が違うと指摘する気がおきなくて、大きくため息をついた俺は仕方なく起き上がった。
休日だからといってゴロゴロしているのはよくない。



「ねーアスラン、もし起きてるんだったらさ、ドレス着るの手伝ってよ」
「昨日も着てただろ」
固い板の上に寝ていたため、少し傷む頭を撫でながら相づちを打つ。
「女の子は1日で体型が変わる不思議な生き物なんですー」
「キラに限ってそれはないだろ」
言いながらも俺は彼女の背後に立って、閉めるのに四苦八苦している背中のチャックを上げてやった。

「うーん、やっぱりパフスリーブにすればよかったかな。きゅって締まってる分、あっちのほうが二の腕が細く見えた気がする」
ノースリーブのドレスを着たキラは、鏡の前で二の腕の肉を掴む。そして柔らかそうなそれを何度か下に伸ばして唸った。少し憮然とした表情になるのは許して欲しい。
「変わらないよ」と返せば納得がいかないのか、でも、と腰周りをなぞる。

「ひとつ気になると他も気になるんだよね。ウエストももっとタイトにしてもらえばよかったかも。ねえ、寸胴に見えない?」
「変わらないよ」
先ほどと同じ返しをすれば、答えが気に入らなかったのだろう。不機嫌な表情でこちらを見た。

「…………むー、張り合いないな〜ムカつく!」
「心配しなくても、」
きょとんとした目とぶつかり、思わず言葉を途中で切ってしまう。すぐに我に返り、背中をぽんと叩いた。

「明日の主役はキラだから」
きらきらとした瞳が、鏡越しにこちらを見据える。

「父上が見たら泣くよ」
「……ちゃんと」
「え?」
「ちゃんと、きれい?」
まんまるの紫色がじっと見つめてきたので、思わず視線を逸らした。だが、キラは俺の目をのぞき込むようにして見てくる。どうやら、答えるまでは離すつもりはないようだ。
観念した俺は小さく息を吐いて、「ああ」と呟いた。









「ねー…席次表、シンプルすぎないかな?」
机にへばりつくようにして倒れ込んだキラは明日、披露宴で使うものを前に昼食後からずっと悩んでいた。横に座って本を読んでいた俺は、もう何度目かわからない問いに本から顔を上げて答える。
「大丈夫だよ、何度も考えて決めただろ?」
「うん、まあそうなんだけどさー」
一生に一度限り、記念に残るものにしたいということと経費節約のため、席次表はもちろん、招待状やウエルカムボードも自分たちで作った。
迷う気持ちはわからなくもないが、式はもう前日に迫っている。今から変更など出来るはずもなかった。
俺には理解できないが、女性というものは皆こういうものなのだろう。
大変だな、と他人事のように思いながら読みかけの本に視線を戻した。


しばらく未練のある声音でぶつぶつと呟いていたキラだが、突然大きな声を上げるので本を読むのを諦める。

「料理! やっぱりBコースの方がよかった気がしてきた」
「……あれだけ試食して決めたじゃないか」
5ヶ所以上の式場やレストランを回り、各所で試食に付き合わされたことを思い出して、俺は小さく眉を寄せた。

1日で回るといって組まれた非常に厳しいスケジュール。
想像でしかないが、芸能人だって組まないであろう詰まった予定に辟易しながら付き合ったのが半年前。
そのくせ食が一般的な女性より細いキラは出された食事から早々に離脱し、代わりに自分が余分に食べる羽目となったのだ。

社会人になってからただでさえ学生時代とは違って体を動かす機会が少なくなり、微妙に増えつつある体重を気にしていたというのに。人生においてマックスの体重を叩き出した時は青ざめた。

そんな苦言をキラにもらせば「男なのに女々しいこと言わないでよ」と言われ、男にだって事情はあるだろうと体型を元に戻すために苦労したことは記憶に新しい。
大きなため息をついて、「何が不満なんだ」と問いかけた。

「だってAだとアスランの好きなロールキャベツも桃もなかったし!」
「俺に合わせてどうするんだ……」
「…………だって」
ゴンと音を立てて、キラは机に額をくっつけた。そのせいで表情は見えない。

「……笑ってね、ちゃんと……明日。アスラン人見知りっていうか無愛想だし、知らない人いっぱい来るけどさ」

けれど、くぐもった声から、今キラがどんな表情をしているかなど容易に想像がついた。
あえてそれには触れずに、俺はろくに読まなかった本に視線を落として、表紙をなぞりながら答える。
抑揚を押さえた平坦な声で。

「でも俺 今、営業成績上位の営業だけど?」
言ってから反応を伺うようにキラを見る。すると彼女はがばっと顔を上げ、一瞬ぽかんとした顔で目を見開いた。
そしてぷっと吹き出すと、まるで青空の下で誇らしげに咲くひまわりのように破顔した。

「そうだったね」
つられるように俺も微笑を浮かべた。



「それじゃ、今日はある意味最後の晩餐だし、腕ふるっちゃうよー! 何食べたい? ね、何食べたい?」
「何でもいいよ」
片腕を上げてテンション高く宣言するキラに苦笑すると「張り合いがないなー」と言う。
元々、相手が満足するような反応を返すような人間ではないのはよくわかっているだろうに、と思いながらもさすがに言葉が足りなかったと補足する。

「だってキラの作る料理は何でも美味しいから。何でもいいんだよ」

キラは目を瞠って上げていた腕をゆるゆると下ろした。

「張り合い、ない、なー……」
呆然としたあと、キラは耳まで赤くしてそれを隠すように俯く。いくつになっても可愛いひと。
だが、そんな彼女に対して釘を刺すのは忘れなかった。

「でも野菜はバランスよく使えよ?」
何とも云えない表情のキラと目があった。





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