好きだと言えたらよかった








それから俺たちは夕食の準備に取りかかり、食事を終えたあとは風呂を沸かした。

「食器洗うから、アスラン先にお風呂入っちゃって」
「いや、俺も手つ…」
「いーからいーから!」

最後まで言わさず台所から追い出された俺は、キラの言う通りに風呂に入る。普段は忙しくてシャワーで済ませてしまうことが多いので、久しぶりにたっぷりのお湯を張って湯船に浸かった。
平日とは思えない休日のようなのんびりとした一日。
考えることは山ほどあったが、あまりの気持ちよさに今は忘れてしまおうと思った。




よほど疲れが溜まっていたのだろうか。俺は湯船の中でうたた寝をしてしまい、お湯がぬるくなっていることでハッと目を覚ます。
思わぬ長風呂になってしまった。
今が6月でよかったと思う。冬だったら風邪を引いているところだ。

慌てて風呂から上がり、髪をおざなりに乾かしてからキラを呼びに行こうとすると、仏壇が置いてある部屋の明かりがもれていた。
不思議に思って顔を覗かせる。
そこには、今まさに呼びに行こうとした人物が正座をして両手を合わせていた。


「キラ? 何してるんだ?」
「んー……お父さんとお母さんに報告」
「……そっか、もういいのか?」
「うん、終わったから」
立ち上がったキラは俺の横をするりと抜けて部屋を出て行く。

「あ、お風呂……」
二人きりの家で、自分が上がったのだからわかっているだろうに。
あえてそうしたのは、背を向けた肩があまりに小さく、何かしら声をかけずにはいられなかったからだ。

「うん、入る。あ、そうだ。今日は居間に布団敷こう。そして一緒に寝よ?」
「……ああ」

キラが風呂に入っている間に、彼女が望んだ通り居間に布団を運び込む。
二つ並べて敷いた布団に、皺ひとつないようにシーツをピシっと張り、四隅を丁寧に折り込んだ。昼間干したおかげで、掛け布団からは太陽の匂い。ふかふかの布団で、今夜はゆっくりと眠れるはずだ。

一仕事終えた俺は、居間続きの部屋にある椅子に座ってペットボトルの水を勢いよく煽った。
それとほぼ同時に、テレビの音に混じってがたがたと物音がしたので、耳をすませる。
どうやらもう風呂から上がってきたらしかった。
しばらくして。

「わ、お風呂から上がったら布団が敷かれているなんて、旅館みたい」
パジャマ姿のキラがタオルで髪をごしごしと拭きながら障子を開けて入ってきたので、俺は渋面を作る。

「ちゃんと乾かしてから出てこいよ」
「だって髪乾かすのって苦手だもん」
「ったく……こっちに座って、それ貸して」
意図を察したキラは大人しく俺の引き出した椅子に座ると、こちらにタオルを渡してきた。
そのタオルを彼女の頭に被せた俺は、少し乱暴に彼女の頭をかき混ぜる。

「あ、ちょ、もう少し丁寧に……」
キラの訴えはもっともで、手を止めると同時に彼女は振り返った。
しかし、乱された髪がそのままだったので、ぐちゃぐちゃになった髪の毛を前に、俺は顔を背けて吹き出す。体を震わせて笑っていると、スウェット越しにぎゅっと太ももを摘ままれた。
地味に痛い。顔を戻すと形のいい唇を尖らせたキラが不満を口にした。

「笑うなんてひどい。こうなったら、アスランも同じにしてやるんだから!」
キラが伸び上がってきたので、その手が届く前に立ち上がって、それを回避する。

「あ、ずるい!」
「悪かったって。ほら前向け、ドライヤーかけるから」
なおも震えそうになる身体を押さえて真顔を作り答えると、胡乱な眼差しがこちらを見ていた。

「そんなのでごまかされないんだからね。いつか見てろ……」
「身辺には気をつけておくよ」
くすくすと笑って、ドライヤーのスイッチを入れた。





「ね。手、つないで寝てもい?」
真っ暗にした部屋の中。控えめな声が隣から聞こえてきた。

「…………いいよ」
「えっ、てっきり嫌がるかと思ったのに……今日はずいぶん素直なんだね」
なんなんだ、それは。一体、俺を何だと思っているんだ。
小さく息を吐いて、右手を差し出した。

「……だって、泣いてるだろ?」

触れたキラの手がびくりと震えて、離れる。


「泣くと不細工になるぞ、明日」
「うるさい、アスランのバカ」

もう一度触れた指先を、今度は離さないと掴んで、ぎゅっと握りしめた。

俺の手に収まるほどの小さな手のひらは。
驚くほどに冷えていた。











――社会人、三年目。


「タクシー来たよ」
俺の言葉に、キラは大きなスーツケースを引きずって慌ただしく出てきた。


――仕事も大体安定してきた。


荷物をさらって彼女をタクシーに押し込めると、俺はトランクルームを開けてスーツケースを積み込む。

「……ありがと。先、行ってるね」
「ああ」
車の窓を開けて微笑むキラは、本当にきれいだった。


俺の母上は幼い頃に病気で亡くなった。
記憶はなく、写真でしか見たことのない母上。
おおよそ子どもらしくなかった俺を心配した父上が、11歳になる頃に嬉しそうに紹介してきた美しい女性。お前に母親を作ってやれると言った父上は、本当に穏やかな表情をしていて、義母となる女性もとても優しく、良い家族になれると思った。

あれは二人が一緒になってすぐの頃。
せっかくだから二人で行ってきなよと送り出した旅行先で巻き込まれた交通事故。
父上も義母も即死だった。


――そんな二人の代わりに俺を育ててくれた、


「そうだ、向こうついたらフラガさんにお礼言っといて。最後に義姉さんと過ごす時間をくれてありがとう、って」
キラが驚きに目を瞠る。
それから顔がくしゃりと歪み、じわりと涙が滲み出した。

「初めて、呼んでくれた……っ、アス」
「泣くなよ。これからが本番なんだから」
彼女の言葉を遮って、未来を告げる。


――八つ違いの義姉が。


「じゃあまた後で。すみません、出してください」


――今日、結婚する。






「さあて、歩いてやるか、ヴァージンロード」


昨日と同じ、新たな門出を祝うような晴天。
鳥が気持ちよさそうにさえずっている。

草木ももう、泣いていない。
だから、泣かない。


見上げた空は、歪む視界でも青かった。





END

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