真実のなかにがひとつ






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2月14日。
男にとっては一大イベント、と言っても過言ではない1日。





「キラ」
すっかり僕の横にいるのが馴染みになってしまったこの男――アスランは、価格がついてしまいそうなほどの微笑みを惜しみなく男の僕に向けて、手を差し出す。


「……何、この手?」
聞かなければ、この昼休みが終わるまでずっと出し続けるだろう手を下げさせるため、仕方なく理由を聞いた。本当は聞きたくない、というかこの手のひらの理由がわかっていたから、スルーしたかったんだけど。

「今日、バレンタインだろ、大好きなキラから貰いたいな、って」
すると周囲から悲鳴が上がって、わざとやってるとしか思えないアスランの態度に辟易するとともに、僕は大きなため息をついた。
なぜなら一瞬の後、それにこめられた二つの意味に気がついたからだ。



「……僕を利用しないでよ」
ぺちんと音を立てて彼の出された手のひらを叩く。それから小声で告げた。
この顔だ、きっと中学でも毎年、食べきれないほどのチョコレートを貰っていたのだろう。
不本意だけど、本当に不本意だけど、約1年付きまとわれて、何が好きで何を好むのか、何が嫌いで何を苦手とするのかを、自然と知ってしまっていた。
つまり、アスランはそんなに甘いものが得意じゃない。

「そんなことないさ、大好きなのは嘘じゃない、と去年からずっと言っているだろ? まあ、効果があるのは否めないけどな。これ、二人でどうぞって貰ったやつなんだが、食べるか?」
「食べる」
僕なんかじゃ絶対買えないし貰えない、お高いチョコのブランド名が目に入って、思わず即答してしまった。

ハッと我に返ったころには遅すぎて、目を丸くするアスランが視界に入る。
珍しい表情に、アスランでもこんな表情をするのか、と何ともいえない、面映いような気持ちになった。
それをごまかすようにチョコを奪い取り、丁寧に包みを開く。箱に行儀よく収まったチョコひとつひとつが輝いているようで、僕は思わず頬を緩ませた。

「そんなにチョコ好きだったか?」
「好きだよ。……ていうか、生まれてからずーーっと大モテで、毎年両手いっぱいにチョコレート貰っていそうなアスランくんには一生、この美味しさはわかりませんよーだ! 今日貰うチョコはどんなチョコでも大切にいただくんです!」

自分が考えられる最大限の嫌味をこめた発言してからチョコを摘む。
あまりの美味しさに、続けて2つも口に放りこんだ。

「そうか、ならよかった」
「? なんでアスランがそこで安堵するのさ……」
と言ったところでひとつの考えがよぎり、僕はチョコを食べる手を止める。
そして、まじまじと箱を見直した。

義理として渡されたにしては、高校生が買うには分不相応なチョコレート。
よく見ればわかったはずだ。義理で渡すような代物ではないと。

アスランの言葉を額面通りに受け取ってしまった自分に舌打ちしたい気持ちになった。
今日はバレンタインデー。これまで製菓会社の戦略だとかフンドシの日だとか、いろんな理由をつけて、毎年空っぽの下駄箱を覗いてはがっくり肩を落としていた。
けれど、去年の春からは僕をずっと想ってくれている人がいる。ふとした瞬間にキザな台詞をさらりと告げる恥ずかしい人物が。

そんな人が僕にチョコレートを渡さないはずがない。男だけど!

確認したいような、このまま美味しいチョコレートを最後まで味わいたいような思いを抱きながら、それでも確認しないことにはこの先、どんなに美味しいチョコレートでも味がしなくなりそうな気がして、僕は恐る恐る口を開いた。


「まさか……このチョコ、アスランが……」
「『どんなチョコでも大切にいただく』んだろ?」

ふっ、と口角を上げて不敵に笑うアスランを見て、確信を得るとともにやられた、と思った。
見通されてるのだ。ただ『Yes』と彼が答えれば、僕がそのチョコを突っぱねることを。
巧みに張り巡らされた網に引っかかったような感覚に、ふつふつと怒りにも似た負の感情が湧いてくる。

さきほど丁寧に折りたたんだ包装紙をぐしゃりと丸めて、チョコレートごと投げつけてやりたくなったが、そこはグッと堪えた。


だって、このチョコレートに罪はない。
だから僕は努めて冷静に答えた。

「……そうだね、どんなチョコでも大切にいただくし、もちろん、このチョコだって例外じゃないよ。最後まで僕が美味しく食べるね、ありがとう。アスラン、」





覚悟していろ、ホワイトデー。




END

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後日談。
風の噂では、アスランはキラからホワイトデーのお返しとして三温糖1kgを貰ったらしい。





※三温糖とは:カラメル風味のある、黄みがかったお砂糖のこと。煮物とかに使うやつ。上白糖と同じようなもの。グラニュー糖とはまた別。
(ホワイトデーだから飴、の原料をあげる、の意)




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