隣にいつだっているのに、





これの続きだけど読まなくてもOK




2時間目の授業は現代社会。だというのに、なぜか視聴覚室で昔の映画を見るというから、移動教室になった。

授業が映画を見るだけで終わるのなら、こんなに楽なことはないけれど……問題がひとつ。


「……君さ、当然のように並ばないでよ」
「いいじゃないか、キラ」

女子が見たら卒倒しそうな笑顔を惜しみも無く彼――アスランは向けてきて、僕は額に手をやり、げんなりとため息をついた。


夏休みを控えてどことなく浮き足だった気持ちになる7月。
入学式の日に、アスランに告白されてから3ヵ月経った。

僕らの関係はあの日から変わることなく。
友人のような、そうでないような、でもなんとなく隣にいるのが当たり前になっていた。
ふと顔を上げて窓の外を見ると、開いた窓からふわりと心地よい風が舞い込む。
そっと目を閉じて自然の送風の恩恵を受けていると、ツンと腕を突かれた。

「何考えてる?」
振り返って腕を見遣るとアスランの指がそこにあって、校内一イケメンのくせに随分可愛らしいことをするんだな、と思った。そして口を開く。

「んー君が吸血鬼だったらどうしよー、とか」
それは、今から上映される映画が吸血鬼を題材にした話だったからなんとなく振った話題で、深い意味はなかった。


「そうだな、……今すぐ噛み付いてキラを味わう、かな」

だというのに、アスランは真剣な眼差しで僕を見つめ、大真面目に答える。
心臓がどくんと大きな音を立てた。
言葉を発することも、視線を逸らすことも出来ずにいると、彼はぷっと吹き出して肩を揺らす。
そこでようやくからかわれたのだと気がついた。

「じ、自覚のない色気を僕に使わないでって言ってるでしょ!」
「なんだよそれ」
アスランは珍しく口元を押さえて笑いを堪えている。よほどツボにハマったのか、腹でも抱えて笑い出しそうな勢いにムカついて、横腹に重い一撃をお見舞いした。
すぐに押し黙ったアスランに満足して、僕は腕を組む。

「またそんなことしたら、本気で怒るんだからね!」
「冗談じゃないか、俺はそんなこと――」
言いかけたアスランの言葉は、引かれた遮光カーテンによって阻まれ、周囲のクラスメイトたちも水を打ったようになった。

ちらりとアスランに視線をやるも、彼は教師の方に顔を向けていて続きは言ってくれそうにない。僕自身ももう少し言ってやりたかったが、授業に集中するほかないようだ。

教師は話もそこそこにディスクをセットして、スクリーンに映像が映る。
始まりからして、僕が以前、本で読んだ内容と遜色のない仕上がりだった。

それは、幼い頃に旅行先で出会った男女が成長し、進学した先で再び出会い、恋に落ちるというもの。ベタすぎる内容の割にベストセラーで話題となり、映画になった作品だ。

その理由は、再び会った彼女が、実は吸血鬼としてヒトの血を求めずには生きられない存在であったから。
それすらもありふれた内容だと、あらすじを読んだ限りでは思ったけれど、実際手に取ってみたらぐいぐいと引き込まれたのを覚えている。

場面はいよいよ物語の中心。

彼に正体を知られてしまってから、一切の血を口にできなくなった彼女。表情は陰り、見るからに調子の悪そうな彼女を心配し、彼は詰め寄って自身の血を差し出す。しかし頑なに拒む彼女に痺れを切らした彼は――といういいタイミングで、映像は止まり、遮光カーテンが開けられた。授業終了のチャイムが鳴る。
当初、楽が出来ると口にしていたクラスメイトたちが、授業が始まる前とは逆のことを口にしていて、僕は小さく失笑した。

それからふと思い出して、隣にまだいたアスランに話しかける。

「ねえ、さっき何て言おうとした?」
「あぁ…俺がそんなことするわけないだろ、って。まあ逆なら、俺は喜んでキラに血を差し出すけどな」
台詞と全くかみ合わない笑顔で言われて、気持ちに正直な僕の表情は引きつった。

「アスラン、それドン引きだよ……ひょっとしてマゾなんじゃないの」
座席の椅子が繋がっていて、彼が退かないことには僕も出られないこともあって、アスランの身体を遠ざけるようにぐいぐい手で押し出す。
するとその手を逆に取られてしまって、僕は暴れた。

「いや、どちらかと言えば、こうして暴れられれば暴れられるほど加虐心が疼くタイプだな。試してみるか? 誰もいないことだし」
「っ……!?」
辺りを見渡すと、本当に誰もいない。
認識したとたん、羞恥に顔が熱くなるのがわかった。

「ば、ばっかじゃないの! てかいい加減離してよこの変態!」
「男としては普通じゃないか」
どうやら本当にどうにかするつもりはないらしい。
アスランはあっさりと僕の手を離してくれた。
これ以上この話は危険だと、僕は慌てて話題を変える。

「それよりあの映画の原作、読んだことある?」
「いや、ないな」
「だよね、アスランってば読みそうにないもん。あれさ、吸血鬼が愛した人間から血を貰うと、愛した人まで吸血鬼になっちゃうんだよ。だから彼女は頑なに彼の血を拒んだんだ。そうして、彼女と彼は報われないまま朽ちるんだ」
これまでアスランに見せたことのないような満面の笑みで、ストーリーの結末を伝えた。

「そうか。あっさりとネタバレありがとう」
「どういたしまして!」
棒読みのアスランに対して僕は笑顔で対応する。意趣返しだ。

「まあいいけどな。それにしても愛する人を自分と同じにしたくないから、ね。俺ならそんなの構わないけどな」
「どうして? 自分が吸血鬼になるのって怖くないの?」
するとアスランは少しだけ考えるそぶりを見せて、否定を口にする。

「いや、二人で死ぬほうが悲しいだろ。読んでいないからわからないが、例えば純然たる吸血鬼と元は人間の――この場合はダンピールか。男がそれになったとして、何か弊害があるから彼女は彼をそうすることも出来ず、死ぬという選択をしたんだろうが……」
「へえ…読んでないのによくわかったね」
「創作でありがちな話のひとつだからな。それでも、実際の話に置き換えたら、少しくらいの弊害のあるほうが燃えるだろ、キラ?」

「……どうしてこの流れからそうなるわけ?」
その弊害というのが、暗に僕とアスランの話を指していることは一目瞭然で。

「そういうフリかと思って」
「違う」
「釣れないな、キラは」
「男に釣られたら大問題だよ」

訴えると同時にアスランの膝裏に蹴りを入れた。
彼はいつもこうだ。普通の話をしていたと思ったら、こんな話になっていることがある。



――隣にいつだっているのに、ほんと、油断も隙もない。





END

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いっそ捨てようかと思ったけれどせっかく書いたので、置いておきますね。
あ、ヴァンパイアの話は捏造です。


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