誰より優しい月曜日
ピピピピ、ピピピピ、
目覚まし代わりの携帯電話が朝を告げた。腕を伸ばしてそれを止め、布団の中で背伸びをする。こんな静かな朝、いつぶりだろう。
と、そこで気付く違和感。
いつものスペースに人の気配がない。
そして、はっとした。
「幸村っ!」
がばりと勢い良く上半身を起き上げると、布団をめくる。
何もない。
ベッドの周りや、机、たんす、部屋中を何度も見渡す。
掛かっていた幸村の着物が、畳んであった幸村の洋服が、何一つない。
――帰ったんだ。
「幸村、」
最悪。
最後ぐらい何か言ってから帰ってよ。ばか。
ぼすんと椿はベッドにへたり込んだ。
「勝手に帰るなんて、なしでしょ」
そりゃあ昨日の夜は散々泣いてお別れパーティーしたけど。さよならの言葉は何度も言い合ったけどさ。
私だって見送りたかった。
椿は顔を手で覆うと、深く息を吐いた。やばい、朝から泣きそう。
駄目だ、
幸村がいない朝は静か過ぎる。
でもこれが日常だったんだよなあ。
はあ、と二度目の溜め息。
そのとき、一階から母の早く起きなさい、学校遅れるわよ、という声が耳に届く。
「はーい!」
そうだ、これが日常だ。
「慣れろ慣れろ慣れろ、私」
顔から手を放すと、ベッドから立ち上がった。
『帰るときは、お主も連れて行く』
なんて言ったくせに、
行きたいと言ったのはお前だなんて不敵に笑ったくせに、
「あーもー幸村のばか!連れてってくれるって言ったくせに!あの嘘つき!勝手に帰って!次会ったら針千本呑ましてやる!」
むかつく、と手元にあった枕を力いっぱいドアに投げつける。
が、空中で止まる枕。
それはドアを開けた人の手によって受け止められていた。
「まことに酷い言いようだな」
そして軽く投げかえされる。ぽん、と椿の元に舞い戻る枕。
「せっかくお主が起きるまで待っておったというのに」
来たときと同様、深い赤色の着流しをきた茶髪の青年が立っていた。ジャニーズ顔負けのその顔を少しゆるめた彼が。
しゃらり、と首もとの六紋銭が鳴る。
「…ゆき、む、ら」
勝手に帰るなど野暮なことはせぬのに、とくつくつ笑う青年。
「幸村っ!」
飛びついた少女を抱き返すと、ぎゅうと力を込めた。
「考えたのだがな、」
うんと椿は相づちをうつ。
「あと半月もすれば、ふゆやすみに入るのだろう?そのときに、こちらに遊びに来ぬか?」
ちゃんと考えればな、お主ががっこうを休むのは良い行いとは言えぬ。それで、りゅうねん、というのになっても困る。だから、その代わりにとはなんだが、ふゆやすみの間甲斐で暮らせばよいと思うのだ。さすれば、がっこうは休まずともよいし、半月あれば某も溜まっている仕事は一式片付くはずゆえ。
にっこりと幸村は笑った。
「でもそんな長期間お母さんたちが」
「二人の了承はもう得てきた」
本当!?ああ!
そう言うと、笑い合う二人。
「じゃあ、半月後かあ」
「ああ。その際は迎えに来よう」
幸村が?
あぁ、某がだ。
「忙しくない?」
仕事はそれまでに全て片付けるゆえ、心配ご無用、と歯を見せて笑った。
「待ってるからね」
「すぐ行く、待ってろ」
くしゃくしゃと椿の髪を撫でると、じゃあ半月後に、と幸村は押し入れの扉を開けた。
「幸村!」
踏み出そうとした足を戻すと、何だと問うた。
「元気でね」
ああ、お主もな、
そう言って見たことのないような顔で、優しく笑うと、そのまま幸村は扉の中の真っ暗闇に吸い込まれた。
顔をぼっと沸騰させたように赤くした椿は、な、なにあの笑み…と床にへたり込んだ。心臓がばくばくうるさい。不意打ちすぎる。いつもの子どもっぽさとの間のギャップが激しすぎる。
手で顔を覆った椿の耳に届いたのは、下から五月蝿いほどの母の声。
「椿ー!学校遅れるよー!」
「あーもう!分かってるー!」
やさしき日々ばたん、とドアは閉められた。
〔完〕