胡蝶が夢見る七日間 | ナノ
1day

 火の国の隣に、日(か)の国という小国がある。小国ながらに日の国は土地が肥えており、また温泉や鉄鋼など資源にも恵まれ、小さな国の割に豊かな国であった。しかし一方で軍備は大国に比べて遅れていたため、隣国の火の国に頼ることも少なくなかった。
 「その日の国の帝と、ある大名の娘が婚約を結んだらしい」
 五代目火影は目の前の忍達一人ひとりに順に目をやった。日の国は他国が攻め入って来た時などのために、毎年多額の金を支払う代わりに有事の際は火の国が軍事介入し、助けるという契約を結んでいる。そのおかげで、日の国の大名たちもこの葉の里を普段から贔屓にしており、小国といえど、日の国は火の国に大きな財をもたらすお得意様なのだ。ここで失敗してこれまでの信頼関係を崩すわけにはいかない。
 「だが、どうも最近日の国の上層部は荒れているらしくてな。今回の婚約が他の大名から嫉妬を買ったようだ。婚約者の娘の命を狙う輩が増えているとか」
 つまりは大名どうしの足の引っ張り合い。なんと見苦しいことか。
 「そこで、婚姻の儀までの七日間、姫の御身を守ること。それが今回の任務だ」

 任務を聞いたのが今朝方のこと。今は昼過ぎである。
 日の国についたシカマルたち猪鹿蝶一行は現在件の姫君と対峙していた。
 「姫様、こちらが例の木の葉の忍です」
 「そう。・・・名は」
 姫君は良家の娘らしく趣向を凝らした派手な扇で顔を隠していた。だが見えないのはこちらからだけで、姫の方からは見えるよう設計されているのだろう。
 
 「隊長の奈良シカマルです」
 「山中いのです」
 「秋道チョウジです」
 一人ずつ自己紹介をして姫の反応を待つ。姫はしばしの沈黙の後、鈴のような声音を鳴らした。
 「・・・・・・近う寄れ」
 「・・・・・・・・・え」
 小さく戸惑いが溢れる。シカマルは気安く近寄ってもいいものかと侍女に慌てて目配せをした。侍女もギョッとしていたが、 少し悩んで首を縦に振った。それを確認してシカマルはいのとチョウジにも目配せをし、一歩、上座に座する姫に近づいた。
 「近う」
 足りないということか。初っ端から嫌な緊張を強いられる、とシカマルは溜息を吐きそうになるのを無理やり飲み込む。
 「・・・来ぬなら私から行こう」
 「!」
 焦れたのか姫君が着物の裾を翻し、自ら立ってこちらに歩み寄ってきた。堪らず侍女から叱責が飛ぶ。だが姫は聞こえぬ振りでどこ吹く風だ。おいおい、このオヒメサマ、どんな教育受けてんだよ。シカマルの米神に汗が伝う。いのとチョウジがどうすればいいのかと小声で尋ねてきているが、悪い、俺にもわかんねえ。
 「そう遠くてはきちんと顔も見えぬではないか」
 姫はすぐ目の前にすとんと腰を下ろして言った。扇もずらされ、今度は姫の顔が見える。陶器のように滑らかで雪のように白い肌。大きな目を長い睫毛が囲っている。薔薇色に染まった頬にさくらんぼを思わせるぷっくりとした形のいい唇。まるで名のある巨匠によって精巧に作られた人形のようである。なるほど、これは帝の目に止まる訳だ。
 「シカマル、いの、チョウジ・・・婚姻の日を無事に迎えられるよう、守って欲しい」






 「なるほど、いのは医療忍術とやらもできるのか」
 「はい!ですから怪我は私にお任せを。勿論怪我なんてさせませんけどね!」
 「心強いな。同じ女であるし、いのには特に頼ることが多いやもしれぬ。頼んだぞ」
 顔合わせから軽く一時間は経っただろうか。近づいてきた姫は自分たちのことを色々尋ねてきた。どういう術を扱うかや今回どのように護衛するかなど。そうしている間に、緊張で固まっていたいのやチョウジも緊張がほぐれてきた様で、もうすっかり姫と仲良しになってる。流石に気安すぎないか、と思うけれど本人が気にしてなさそうなので考えるのをやめた。侍女ももう諦めたようで、置物のように黙って端に鎮座している。もしかすると、これはいつものことなのかもしれない。
 「・・・では、いのは私の遊び相手になったらどうだ」
 「遊び相手、ですか?」
 姫の鈴のような声にはっと我にかえる。ちょっと待て、何の話だ。
 「そうだ。遊び相手ならば、敵を油断させることもできるであろう」
 高貴な娘などには侍女などとは別に、遊び相手、という者が雇われることがある。文字通り姫の遊び相手になることが仕事の者たちであるが、それをいのにやらせることでいのの素性を隠し、敵の目を欺こうということであろう。
 「なるほどナイスアイディアですね!シカマルそれでいきましょうよ」
 「・・・・・・・・・」
 シカマルはしばしの間考え込む。その様子を捉えて姫が声をかけた。
 「何か問題があるか?構わぬ。言うてみよ」
 「・・・いえ、構いません」
 「本当か?」
 姫の迫力のある大きな目がシカマルを映す。シカマルは思わず、言葉を詰まらせた。
 「・・・本当ですよ」
 「・・・そうか。ではいの、早速行くぞ」
 「え、行くってどこに・・・?」
 「その格好では私の遊び相手に見えぬであろう。着るものを用意する。・・・サザンカ」
 姫が侍女をを呼ぶ。侍女は一礼して廊下に待機していた使用人に何やら支持を飛ばした。その間に姫はいのの手を引いて襖を横にスライドさせる。
 「隣の部屋でいのを着替えさせる。お前たちはそこで待っておれ」
 「え、ちょっ」
 止める間もなく襖はまた閉じられて、シカマルの制止は口の中に消えた。固まったままのシカマルの肩をチョウジがぽん、と叩く。
 「すぐ隣りだし、大人しく待っていようよ。いのも一緒だし大丈夫だよ」
 「・・・・・・ああ、そうだな」
 シカマルはこれからの一週間を思って、深い深いため息を吐いた。
 「(・・・なんか、めんどくせえ予感・・・)」







 「いの、これはどうだ」
 「うわあ、どれも綺麗で迷っちゃいますね〜!」
 「そなたは目鼻立ちがはっきりしているせいか、派手な色が似合うな。こっちの青はどうだ」
 「あ、こっちも素敵〜っ」
 何人もの使用人がばたばたと大量の着物を抱えて隣の部屋へと入っては出て行くを繰り返したと思ったら、先程から幼馴染の黄色い声と落ち着いた声色ながらも饒舌な姫の声が襖越しに聞こえてくる。このテンションは町娘のショッピングと同じである。女の買い物は長いものだと身をもって知っているシカマルは、これは長くなりそうだと長い息を吐き、楽な姿勢に座り直した。
 それから小一時間。隣でてんやわんやとっかえひっかえ服を選んでいた二人は、ようやく部屋から出てきた。着せ替え人形になっていたいのは青の絞りの着物を身に纏っている。しかも髪には同色のリボンの付いたハイカラな簪が刺さっている。
 「とりあえず今日はこれで決まりだ」
 「どう?似合う?」
 これは似合うと言わなければ怒られるパターンだ。毎度思うが、疑問形の形になっているのに答えがひとつと決められている(望む答え以外は基本的に受け付けない)この質問に意味はあるのだろうか。
 「・・・・・・いいんじゃねえの?」
 「わー!いの、すごい似合うよ!」
 こういう時素直に恥ずかしがることもなく女性を褒められるチョウジはすごいと思う。
 いのは満足そうにニッコリと笑った。隣の姫君もなぜか自慢げである。
 ところで、とシカマルは簪に注目する。揺れる青のリボン。
 「・・・?なあに、シカマルったら見つめちゃって。もしかして私に惚れちゃった〜?やめてよね、私シカマルは幼馴染としか見れないから!」
 「ちげぇよ。そうじゃなくてそれ、なんか見覚えがあるような気がして・・・お前昔こんなん付けてた事あるか?」
 後ろの方で姫とチョウジが「固い男だな。『バレたか?あんまりお前が綺麗だから・・・』くらい言えばいいのに」「シカマルはそういう軽口は言えないやつですから・・・」などとヒソヒソやっているが、無視だ無視。
 「どうだったかしら。もしかしたらあったかもしれないけど覚えてないわ」
 「そうか。・・・まあいい」
 まあ青いリボンくらいどこかで見たことがあっても全く不思議ではない。問題はそれが引っかかるほど既視感があったことだが、意外とくだらないことかもしれない。
 シカマルはそう結論づけることにした。




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