短いの | ナノ
恋に恋する乙女と跡部





 「恋がしたいなあ」

 高級なものであると予想される革張りの大きなソファーに身を沈ませて、独り言にしては大きすぎる音量で呟いた。わざとではない。ため息と一緒に言葉が出てしまったのだ。思ったよりも大きな声が出てしまい、しまった、と思う。
 すると、少し離れたところで動いていたペンが用紙の上で止まった。ペンを動かしていた人物と視線が交わる。しかしどちらともなく視線は外され、ペンがまた用紙の上を滑り始めた。
 我ながら、自身の婚約者の前で言うことではないな、と思った。
 アイスブルーの瞳はもうこちらに向けられることはない。彼が私に興味がないことは初めから知っている。私もそうであったし、お互い様である。
 だが、私だっていっぱしの女の子である。甘いものは好きだし、かわいいものも好きだし、恋愛だってしたいお年頃なのだ。決して冷めているわけではないと自負している。
ただ、相手がいない。
 確かに、表面上は既に用意されている形となっているが、自分に興味が全くないと分かっている相手にどうして恋なんかができようか。世の中にはそういう恋愛もあるのだろうが、私にはできない。できない。したくない。したって、辛いだけだもの。今度はさっきよりも音量を落として呟く。
 「…恋、したいなあ」
 いうだけならタダだ。婚約者がいる手前、他の人に恋情を抱くことも許されないとわかっている。
 …この人と恋ができたらなあ…。
 この人に、ではなくこの人と、である。初めから片思い以上になれないとわかっているのに思い続けるなど真っ平御免だ。そう思う私は我儘なのだろうか。

 部屋には婚約者の跡部景吾と二人きり。いつもそうだ。自分から積極的にアクションを起こすことはしないくせに、同じ空間にいることは強要する。婚約者の建前に似合うように仕組まれた、ただのポーズに過ぎない。
 そこに、コンコン、と軽いノック音がして、侵入者が現れる。ノックの強さと間から忍足だと分かった。顔を上げれば予想通り、胡散臭い丸眼鏡の乗った顔を見えた。その顔はこちらを見た瞬間に歪む。
 「…ちょ、なんて恰好しとるんや」
 「うるさーい、だれたい気分なのー」
 はあ、とわざとらしく溜息をついた後、やつは跡部に向き直り、何事か小難しそうな話をし始めた。暫くの後、跡部が部屋を出ていき、今度は忍足と二人きりになる。
 私、恋をしてみたいよ
 もう何度目かになるかわからない台詞を忍足に吐く。
 「…あんなあ、そんなん俺に言ってどうするんや」
 跡部に言え、跡部に。心底うざったそうに忍足は手を軽く振った。
 「私だって跡部と恋ができたらなあって思うよ。でも跡部は私に興味、全然ないじゃない。…だから、無理だよ」
 忍足が私の言葉にぱちくりと目を瞬いた。

 「…………それ、…」
 「何」
 「…もう恋やんか…」
 「…は、……」
 意味が分からない。何、それ、私が?恋?
 「…だ、誰に…」
 「誰って決まっとるやんか、跡部や、跡部」
 「は、なん…なんでそういうことに…」
 「特定の異性と恋がしたいと思うなら…それはもう恋やで」

 鈍いなあ、鈍すぎる。いやその前に興味がないて本気で言うとるんか。忍足がごちゃごちゃいうのももう耳に入らない。そんなことより
 …顔が、熱い。うそでしょ、そんな
 がちゃり。再びドアが開く。
 入ってきた人物を認識したら、深く考えないままに言葉が口をついて出た。
 「…ねえ、私あんたと恋がしたい」
 一拍置いたのち、彼が口の両端を持ち上げて笑う。
 「…上等じゃねえか」

 いつまで待たせる気かと思ったぜ。
 そう言った彼に自分の鈍さを思い知った。









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