短いの | ナノ
素直になれない女とイタチの百夜通い




 最近私の働く団子屋によく来るお客さん。いつも赤い雲の柄のある黒い外套を羽織って、少し特徴のある顔立ちのご友人と二人でいらっしゃる。真っ直ぐの漆黒の長髪が色っぽい。声が低くて落ち着いていて、物腰も柔らかで穏やかでとっても素敵。何を隠そう、私はそのお客さんに想いを寄せている。


 そのお客さんはイタチ、という名前らしい。彼の名前を知ったのは割と最近のことである。
 彼らはいつもお店の中までは入ってこずに、店先の長椅子に座る。だからなのか、晴れた日にしかやってこないのだ。それに気づいてからというもの、晴れた日には私はそわそわと何度も外の様子を確認した。
 そんな私は時々ラブハプニングが起こったりなんかすると天にも昇る思いになる。例えば、お茶を渡すときに一瞬だけ手が触れ合った、とか。実際のその時のことを頭の中に描く。あれは、本当にたまたまであった。



 「っ、」
 「!」
 触れた、と感じた瞬間、直ぐに手を引っ込めた。
 頬が熱くなる私はなんてわかりやすいのだろうか。
 「し、つれいしましたっ」
 「・・・いや、構わない」
 動揺のどの字もない男の落ち着いた声を背中で聞きつつ逃げるように店の奥に下がる。罪作りですねえ、なんてお友達の・・・確か鬼鮫さん?の声が聞こえた。ほんとその通りだわ!
 きっと彼はいろいろなところで女性たちのハートを射止めているのだろう。私はそんな女の一人に過ぎないのだ。あくまで関係は団子屋の店員とお客さん。これ以上の関係は望まない。
 「(ああ、でも!これでしばらく生きていける・・・!)」
 ちょっとだけ触れ合ったその手を見つめる。飲食業だから、一生洗わない!なんてわけにもいかないが、この思い出だけで私はあと一週間は浮かれていられるだろう。高望みをしないからこそ、単純に、気軽に楽しめるのよね。

 なあんて、片思いを楽しんでいた時期が私にもありました。ところがどっこい、今はちょーっと、事情が違う。
落ち着いてクールで大人びていて常世の人ではないような雰囲気のある高嶺の花は、何をどう間違ったのか知る由もないが、ある日私に告白というものをしてきたのだ。パニックになってしまったその時の私の返事はといえばこうである。
 「わ、私が欲しいなら百回通いなさいよ・・・!」
 百夜通いか。
 言い訳させてもらえるならば、私はその時自分の容量を超えた出来事に頭が真っ白になってしまっていたのである。そうでもなければこんな高飛車なことが言えるわけがない。
 ああ、これ終わった・・・、と砂になってサラサラと消えてしまいそうだった私に、信じられないことに彼は一言こう答えた。わかった、と。

 あれから数ヶ月、彼は私の要求通りに通いつめている。それもなぜか毎回花を手土産に。

 「この、鮮やかな花は・・・?」
 「ブーゲンビリアだ」
 「へえ、初めて見ました」
 「異国の花だから無理もないだろう。花言葉は、情熱、あなたしか見えない」
 「・・・・・・へえ、詳しいですね」

 又ある日は。
 「あ、これは知ってます。水仙ですよね」
 「ああ。花言葉は、エゴイズム、愛に応えて、だ」
 「・・・ワー、シラナカッタア」

 さらに別の日。
 「(もう花には触れないようにしよう)・・・ご注文をどうぞ」
 「みたらし団子を。・・・今日の花は、」
 「はい、みたらし団子ですね。少々お待ちください」
 がしっ。
 「(うわああ、手首掴まれた!)」
 「今日はガマズミ。果実は食用になるそうだ」
 「そっ、そうなんですか・・・!」
 「花言葉は、愛は強し、恋の焦り、私を無視しないで・・・無視したら私は死にます」
 「・・・・・・(脅されてるのかな・・・)」

 普通ならば意中の相手に花を片手に通われれば、胸をきゅん、と高鳴らせるのだろうが、私は胸をきゅん、どころか背筋をヒヤッ、とさせていた。好きなのに素直に喜べないのは多分、

 「100回まであと、」
 
 このじわじわと追い詰められていくような恐怖のせいだ。







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