短いの | ナノ
恋ができない女とカカシ


 悲しいかな、もはや世間一般で言う結婚適齢期も過ぎてしまい、少し焦りを感じつつもそれでも結婚の予定なんて全然ない。今まで付き合った人がいなかったわけじゃないけれど、どうしてもそこまでいかなかった。おそらく、縁がなかったのだ。と、その度に自分を慰めてきたけれど、流石に今回はその慰めすら虚しく響く。

 「それで?今回はなんて言って振られたの?」
 「色々言ってたけど、要約すると、一方的に愛することに疲れたって」
 「いつもどおりだね」
 「ほんとだよ」
 目の前の鍋がぐつぐつと煮えている。白菜にネギにしいたけ、豆腐、鶏肉・・・湯気を立てるそれらをお玉で掬って器に移す。宴会でもしているのだろうか、となりの部屋からうっすらと明るい声が聞こえた。
 居酒屋の個室。そこでカカシと二人で酒を飲みながら鍋をつつく。あーあ。 
 「結構、頑張ったんだけどなあ」
 「みたいネ」
 「相手が好きそうな服選んで買ったし、しょっちゅう会いたがるあの人のために時間もつくった」
 「うん、無理してたね」
 「『世界で一番可愛い』とか歯の浮くようなこと囁かれても吹き出しそうになるの我慢したし、私もそれっぽいセリフを言ってみたりした」
 「へえ、どんなこと言ったの」
 「『ずっと一緒にいたい』とか『他の人なんて見ないで』とか」
 「嘘つきだね」
 「うん、大嘘だよ」
 いつも好んで飲むものよりも度数の高い酒を煽る。喉が熱い。
 カカシは責めるように言った。
 「好きでもないくせに、そんなこと言ったんだ。悪い女。」
 「でも、好きになろうとしたんだよ」
 「知ってるよ。一生懸命好きになろうと努力してたこと。・・・俺から見たら滑稽だったけどね」
 グラスの中の氷がカラリと崩れた。鍋の熱のせいだろう、氷が溶けるのが早い。早く飲まないと水っぽくなっちゃうな、と頭の隅で考える。
 「ひどい。・・・皆、どうやって恋してるのかな?」
 アルコールで頭が少しふわふわする。でも多分まだまっすぐ歩ける程度だ。これじゃあ足りない。もっとアルコールを摂取して恋愛とか結婚とか考えられなくなるくらい訳分かんなくなりたい。
 「うわあ、恥ずかしいこと聞くね。もう酔ったの?」
 「酔ったの。だから教えてよ。私恋なんてしたことないからわかんないよ」
 「この歳で初恋も未経験とか天然記念物じゃない?」
 私のやけ酒に付き合ってくれるこの男は、私が泥酔したらちゃんと介抱してくれるし家にも無事に送ってくれる。それをわかってて酒を煽り続ける私は相当、甘ったれている。
 「最近は特に、恋とかより結婚のこと考えちゃうんだよね。もはや恋することは諦めたっていうかさ」 
 「へえ」
 「結婚相手としてこの人は大丈夫かなーって。でもそれ考えると当てはまる人とか、そうそういないよね。だって私他人と同じ空間で生活とか無理だもん。気ぃ遣うもん。疲れるよ」
 「じゃあ結婚も無理だ」
 「だよね。でもこのまま老後も一人なのかなーって考えたらさみしいよね」
 「で、結婚したいわけだ」 
 「そう」
 「ばかだね」
 「うん」
 湯気がたった鶏肉にふーっ、と息を吹きかける。口に放り込んで奥歯で押しつぶす。やっぱり冷めていたのは表面だけで、中はまだ熱々だった。はふはふ言いながら咀嚼する。
 「恋愛対象としてはどうかは知らないけど、結婚相手には良さそうな奴、俺一人知ってるよ」
 「え、誰?」
 「同い年の独り身で、そこそこの顔でそこそこの地位にいてそこそこの収入があってお前が気を遣わないやつでお前のこと大切にしてくれるやつ」
 「そんな優良物件、いたっけ」
 記憶がない。思わずカカシをガン見した。目の前のカカシがにっこりと笑う。
 「うん。俺」
 そうか、そういえばこいつも独り身であったし、そういえば腹立つことにイケメンの部類でモテる。しかもなんだかんだアカデミーの頃からの付き合いなので遠慮はないし言われてみればいい物件のような気がする。ただ、この胡散臭い笑みのせいで詐欺に引っかかっているような錯覚に陥るが。
 「うーん、カカシか」
 「なに、不満?」
 「・・・いや、ただ・・・カカシの子供って、想像がつかないなーって」
 「こども?」
 「うん。だって、こんなやる気のない顔の子供とか、見たことない」
 赤子の体にカカシの顔を貼り付けたような姿を想像して笑いがこみ上げてくる。だって全然子供らしくない。・・・ああ、でも、出会ったばかりの頃は真面目である意味可愛げがあった。昔のカカシに似た子供なら、可愛いだろうな。
 「パパやってるカカシとかも笑えるね。てかそもそもカカシと新婚夫婦やってんのが想像できない」
 「ひどいなあ」
 「・・・ああ、でも」
 「・・・ん?」
 「老後とかにさあ、縁側で二人でのんびりお茶飲んでんのとかは想像できる」
 「・・・うん。いいね、それ」
 「でしょ」
 「じゃあ、縁側のある家買わなきゃね」
 「ね」
 「・・・それって、結婚の話、考えてくれるってこと?」
 「前向きに検討しよう」
 「酔った勢いじゃなくて?」
 「心配なら明日も言ってよ」
 「結婚しようって?」
 「うん。今度はロマンチックにね」
 そういうの、嫌いだったくせに。とカカシは眉尻を下げて笑った。
 でもカカシとなら、そういうのも悪くないかなって、思ったの。







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