恋々 | ナノ


4 勝敗




 私の修行が始まってしばらくの時が経った頃、お父様に、お姉様と戦えと言われた。
体に心地良い緊張が走る。はっきりと言われたわけではないが私にだって察せる。これはただの勝負ではない。日向の将来を、跡目を、決める戦いなのだ。
 つまり、この勝負で私がお姉さまを押しのけ当主となるのか、そしてネジ兄さんとの約束が果たせるか、その命運が架かっている。そんな大事な時だというのに、私はワクワクしていた。だって、ちゃんとした場でお姉様と戦うのは初めてだったから。
 
 「それでは、はじめ!」
 お父様の声が響く。高揚感を理性で留めながら構える。一打、二打と互いに打ち合う。まだ相手の出方を見ている状態だ。ここまでのところ、多分互角。練習から私たちの実力が拮抗しているのは感じていた。そして今日、お姉様と私のコンディションは互いに良好。この勝負の行方はわからない。だが、お姉様の方が私よりも年上で、修行を始めたのも先。当然、今まで修行にかけた時間もお姉様が上だ。私よりも戦い慣れした姉さまに対して長期戦は不利だ。少しずつ、私の中に焦りが広がる、そんな時。
 「っ、」
 私の体勢が僅かに崩れた。お姉様の繰り出した打撃がスローモーションに見える。避けきれない。反射的に体が衝撃に備え、身構える。
 「!?」
 だが、衝撃は来なかった。私はすぐに距離をとり、構えなおす。
 またお姉様と組み合ったが、お姉様の動きはさっきまでと全く違っていた。動きが鈍っているのだ。何故かはすぐにわかった。私はお姉様の優しさを、甘さを見誤っていた。お姉さまは、妹である私に攻撃ができないのだ。
 怒りが湧いた。こんなのって、私のことを馬鹿にしている。勿論、お姉様にそんなつもりはないのだろう。でも、私はお姉様と本気で戦えるこの機会をとても楽しみにしていたのに・・・!!
 怒りに任せて技を繰り出す。その一手が決め手だった。周りが驚愕と歓声に沸く。勝負が、ついてしまったのだ。
 私は、地面に倒れた姉を呆然と見下ろした。目と目が合う。同じ色の瞳に、立ち尽くす私が見えた。私は、こんな結果、望んでいなかった。こんな風になるなんて思ってなかった。
 はっと我に帰って周囲を見ると、お父様の姿はなかった。慌てて父の向かったであろう先を追う。
 「お父様!」
 父の背中を半ば叫ぶように呼び止める
 「・・・なんだ」
 「お願いです、もう一度、もう一度お姉様と勝負をさせてください!」
 「なぜだ。お前が勝っただろう」
 「・・・あんなものは勝ちとは呼びません。お父様も見たでしょう、私に勝つチャンスはあったのにお姉さまはわざと・・・」
 「つまりあいつの甘さが勝敗を分けたということだ。どちらにせよ、あのように甘い者に日向は継げない」
 「・・・・・・」
 「言いたいことがそれだけなら私はもう行く」
 「・・・はい、引き止めてしまって、すいません」
 立ち去る父の背中が遠くなる。私はうつむいて唇を強く噛んだ。お父様の言うとおりだった。でもそれでも私は、お姉様とちゃんと戦って、ちゃんと勝負をつけたかった。そう思うのは、私の我儘だ。

 「・・・こんなところで何をなさっているのですか」
 後ろから聞こえた声に振り返る。眉間に皺を刻みつけてため息混じりに話すその人は、とてもいつもどおりで、それが私の荒れ狂った心を少し沈めた。
 「なんでもありませんよ」
 なんとなく、この人に情けない姿を見られたくなくて、努めて平静を装う。顔を上げて、にっこりといつものように笑みを向けると、ネジ兄さんの顔が嫌そうに歪んだ。
 「なんですかその顔は。気持ちが悪い」
 「えっ、さすがに女の子に向かってひどくありませんか!」
 「・・・貴女が、らしくない顔をするのが悪いんでしょう」
 流石に悪いと思ったのか、ネジ兄さんが慌てて視線をそらした。
 「らしくないって・・・どう言う意味ですか?」
 「・・・そういう、気を遣った感じの顔です」
 「私が気を遣ったのが気持ち悪いって、それどちらにしろ失礼じゃありません!?」
 「いや、その・・・だって貴女いつも人に気を遣うということをしないじゃありませんか」
 「それは貴方の方でしょう!」
 「私は人を選んでます」
 「どうだか」
 ネジ兄さんはいつもどおり不機嫌な顔で、でも時々らしくなくわたわたして、でもやっぱりいつもみたいにずけずけと物をいうし。・・・それなのにどうしてかいつもより会話が続いている。なんだか色々おかしくなって私はついに吹き出してしまった。
 「ぷっ・・・あはははは!」
 「!」
 そうして笑っているうちにだんだんと気持ちが吹っ切れていく。・・・うん、やっぱりぐずぐずしているのは私らしくない。笑っただけで解決するなんて単純かもしれないけど、これでこそ私だ。
 ネジ兄さんはというと、目を見開いて固まっている。
 「・・・ねえ、ネジ兄さん」
 「私ね、実は今日の勝負、とても不満だったんです。兄さんも見ていたならわかると思うけど、勝ったなんてとても思えない内容だったから・・・」
 「でも今更、しょうがないことですよね。だったらもう、腹くくることにします」
 挑戦するような不敵な笑みをネジ兄さんに見せると、彼は穏やかに笑っているような、困っているような、呆れているような・・・実に形容し難い複雑な表情を浮かべていた。
 「・・・やはり貴女はそういう顔が似合う」
 「え」
 「いや、なんでもありません」
 そう言うとネジ兄さんはサッと背を向けてどこかへ行ってしまった。
 一瞬だけ見えた耳は赤くて。

 「・・・・・・(えっなに今のなに今の・・・!!)」
 大変珍しいネジ兄さんのデレらしきものを頂き、結局その日、いろんな意味で私の心は荒れ放題だった。








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