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2 密約
少し前から私の修行も始まって、私の日常も忙しくなってきていた。目標はやっぱりお姉さま。・・・でも、前とは少しだけ違うことがある。
少し前までは、お姉様のお力になるために強くなろう、お姉様のようになりたいから強くなろうと思っていた。今でも私の憧れの女性はお姉さまであることに違いない。でも、それではもう足りないことに気づいてしまったのだ。言うまでもないがお姉様に原因があるのではない。ただ私は、ネジ兄さんと秘密の約束をしてしまったのだ。
*
その日、強いはずの年上の従兄弟が、聞いたこともないような、叫び声だかうめき声だか わからないような声を上げて、もがき苦しむ姿を見た。
印を構えて厳しい表情で従兄弟を見る父を見た。
その後ろで無表情に立つ祖父を見た。
端で怯え、凍りつく姉を見た。
障子の影で、私は初めて、鳥籠の術式が発動されるのを見た。
その後、私とネジ兄さんはなぜか縁側で二人きりになってしまった。正直に言おう。私は逃げ遅れたのだ。凍りついていた姉と同様に、私もまた動けないでいたのだ。空気を読んで自室に逃げることすらできずに、立ち尽くしてしまった結果であった。
道場から出たネジ兄さんは私を一瞥すると、忌々しげに唇を噛んだ。ズキズキと胸が痛み、呼吸がうまくできないような心地がした。馬鹿みたいだ。痛いのも苦しいのもネジ兄さんであって私ではない。宗家の人間である私は同情すら、してはいけないのに。
そう、わかっていたはずなのに、なぜかその時私は、震える指先をネジにいさんの額にある印に触れようと伸ばした。その時私が何を思っていたのかはあまり覚えていない。現実を受け入れられなかったのかもしれないし、このまま彼を一人にしたくなかったのかもしれない。だが私の手は案の定、空気を切り裂く乾いた音と共にネジ兄さんに払われた。
「・・・っ」
「俺に、触るな・・・っ」
地を這うようなどろどろした声だった。怖い、と瞬時に思った。
「今のを見ていただろう、これが、これこそが宗家なのだ。この術式がある限り、分家の人間は宗家の人間に逆らえない。生まれながらに、俺は、俺たちは、鳥籠の中にとらわれているんだ。一生出ることができない籠にな・・・それが、お前にわかるか・・・!!」
あれは、ネジ兄さんの怒りそのものだったのだろう。私は、その裸の怒りを真正面から受けたのだ。
「・・・わ、たし、は」
怖くて悲しくて苦しくて、声は情けなく震えた。でも真っ白な頭でなんとか言葉らしきものを搾り出すうちに、私の中に怒りが芽生えてきた。
だって、なんで私がそんなこと言われなきゃいけないの。
宗家で生まれ、生きていっているのだからそりゃあ、無関係だなんて言えないでしょうよ。分家の犠牲のおかげで、私は今まで自由奔放に楽しく過ごせているのかもしれない。でも、生まれながらに定められているという点では私だって一緒だ。だって、私はそんなこと望んでない。術を施したのは私じゃない。家族なんだからもっと普通に仲良くしたいって思ってる。それなのに宗家だからって責められるのならば、私も理不尽な生まれにあるといってもいい。
でも、思ってるだけじゃ、駄目なんだ。
「・・・なら、私が、貴方を自由にしてあげる」
「!」
「今決めた。私が日向を継いで、宗家と分家の因縁をなくすわ」
「、な、にを、馬鹿なことを」
「だって、私は縛られるの、嫌いだもの。自分がされて嫌なことを人に・・・しかも家族にするなんて絶対嫌」
「そんなのは綺麗事だ、無理に決まってる。そもそも貴女は次女なのだから当主になんてなれる訳がない」
「私が当主に足りるほど強くなればいいのよ。私だって宗家の娘なのだから、お姉さまを上回る資質さえあれば絶対に無理ということはないわ」
「なれたとしても、だ!なぜ今まで鳥籠の印などというしきたりが行われてきているのか、貴女は何も理解していない!」
「それくらい私だって知ってるわよ!そりゃあ、まだ理解が足りてないところはあるのかもしれないけど・・・でも、どんな理由があるにしたって、今のままでいいはずがない、他のもっといい方法を求めてもいいはずよ!」
「だからそれを綺麗事だと、」
「馬鹿ね、現実にすれば綺麗事じゃなくなるわ」
「・・・無理だ」
「勿論、ネジ兄さんも手伝うのよ」
にっこり笑えば、彼は鯉のように口をパクパクと開閉させた。初めて見るけれど、多分これを、絶句、と言うのだわ。
「ねえ、約束よ」
彼が二の句を告げないことをいいことに私は勝手に自分の小指と彼の小指を絡めた。
「私が貴方を籠から出してあげる」
*
このようにして、秘密の約束が私たちの間で(一方的に)結ばれたのである。
故に、私はただお姉様の後を追うだけではいけなくなってしまったのだ。私はお姉さまを追い越し、当主の座を奪い取る。そして、悪習をなくすことができるほどの、一族から厚い信頼を受けるリーダーにならなければならないのだ。前途は多難である。
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