「松田陣平の懐古」




 松田陣平が工藤理世に出会ったのは17歳のときだった。それは初夏の香りがしてくるような快晴の日。制服も衣替えの時期で、萩原はさっさと半袖を着たいと嘆いていた。そんな学校の帰り道。萩原と松田は昨日出たゲームの話をしながら帰っていた。歩道を歩きながら、喋るのに夢中になっていると松田の視界には一人の少女が目に入った。栗色の長い髪が揺れている。どこかのお嬢様なのか着ている服はとても高そうだ。フリフリした洋服に帽子を被っていた。親はいないのかと周りを見回してもそれらしき人物はいなかった。真っ直ぐと公園に向かって歩いているようだし、大丈夫かと思ったそのときだった。松田の横を一人の男が駆けて行った。少女を抱き上げるとUターンして戻ってくるではないか。


萩原「親か…?」

松田「それにしてもおかしいだろ」


 萩原も気づいていたようだ。松田たちの横を通り過ぎようとするところで、少女と目があった。人形のような可愛らしい少女だった。少女は一瞬何が起きたかわからない様子だったが、松田と目が合うと「たすけて」と叫ぶ。松田はその言葉に頷くと、男性を追いかけ後ろから殴った。その衝撃で少女は空中に投げ出され、回り込んでいた萩原にキャッチされた。すぐに警察を呼び、事態は収束した。

 その後、事情聴取があり、少女の母親が呼ばれた。その母親は藤峰有希子だった。何年か前に結婚するからと引退した女優で、結構世間を騒がせていた。一緒に来ていた少年はどうやら少女の双子の兄のようで、いつまで経っても公園に来ない妹が心配だったようで、ボロボロと泣いていた。どうやら、双子の名前は新一と理世と言うらしい。理世は誘拐されそうになった張本人のくせに全く泣いていなかった。新一が泣いているのにびっくりしていた様子だったが、慰める側にまわっていた。

 藤峰有希子は、現在工藤有希子というらしく、推理小説家の工藤優作と結婚し双子が産まれたと説明された。お礼に食事に招かれた。帰り道、理世は松田の方をじーっと見て「抱っこ」と言った。子供なんか抱っこしたことがなかった。ましてや女。松田は女性に良い思い出がなかった。顔が良いと勝手に近寄られ、ベタベタと触ってくる気持ちが悪い印象しかなかった。少し嫌がる素振りをする余地もなく、萩原に「抱っこしてやれよ」と背中を押され、しかたなく持ち上げる。どうやって抱っこすんだ。すると有希子が新一を抱っこして見せてくれる。真似をするように持ち替えると、理世は松田の制服を握り満足そうに笑っていた。暖かかった。とても柔らかい。少し力を入れたら壊れてしまいそうだ。萩原は「理世ちゃんかわいいねー。将来はママみたいな美人さんだねー」と女を口説くみたいに話をしていた。

 食事はとても美味しかった。できるまで双子と遊んでいたのだが、学校のマラソンよりも疲れるがとても楽しかった。双子は萩原と松田に懐いてくれた。


松田「お前は怖くなかったのか?」


 松田は疑問に思っていたことを聞いてみた。理世は松田の膝に座り、本を読んでいた。視界の端に新一と萩原が探偵ごっこをしている。彼女は驚くほどに冷静だったのだ。子供なら泣き喚くはずだ。松田が子供だったらそうするだろう。理世はしばらく考えるような素振りを見せる。ぱっと松田と目を合わすと頬に小さい手が添えられた。


『じんぺーさんが助けてくれるって思ったから怖くなかった』


 そう笑う理世に、松田は顔中が赤くなるのを感じる。こんな小さな子供でも、自分が必要とされていると感じるのはなんだか良い気持ちがした。

 萩原と松田はこの日以降、工藤邸に何度も訪れるようになった。双子と遊んだり、優作の捜査協力をしたときの話を聞いたり、理世が事件に巻き込まれそれを助けたりと、萩原と松田の人生の中には工藤一家の存在が大きくなって行った。

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