湯に入り、すっかり汗や砂を流す事が出来た私は、久々に清々しい気持ちを味わっていた。夜風が火照った体を心地よく冷ましてくれる。服は明日洗濯する事になり、今はキララさんの服を借りていた。お腹が出ているのが恥ずかしいのだが、これがカンナ村では普通らしい。キララさんの家に戻った私は、髪が乾くまで少し歩いてくると言って、外に出た。けれど、本当は少し、考え事がしたかった。
 
「サムライ…」
 
まだ、自分がそう呼ばれる事に慣れない。刀を持ち、戦う力があれば、その人はもうサムライなのか。だとしたら、キクチヨさんが未だカンベエさんに認めてもらえないのは、可笑しい。けれど、農民の人達にはそんな事は関係ない。認められていようがいなかろうが、私達は…私は、サムライなんだ。野伏せりを倒してくれる、サムライ。きっと、カンベエさん達は私の事を考えて、戦いの間は待つだけで良いと言ってくれるだろう。けれど農民の人達は、それを良しと思わない。それでは、ここに来た意味が無い。ここに、居る意味が無い。私がここに居る限り、居たいと思う限り…戦うしか、ないんだ。唐紅を握りしめて、小さく呼びかける。
 
「唐紅…」
≪…何だ≫
 
きっと、わざわざ口に出さなくても、私の心を読む事が出来る唐紅は解っている。けれど私は、敢えて言葉にして言った。
 
「私…強く、なりたい」
 
それは力だけでなく、つい弱気になってしまう心も、全部。強くならなければ、皆に迷惑がかかってしまう。強くならなければ、私は、ここに居る事が出来なくなってしまう。だから。
 
≪…受け入れるんだな?≫
 
あの時は答える事の出来なかった、その問い掛けに。私は、しっかりと頷いた。
 
 
 
不意に、戻ろうと向きを変えた視界の端で、不自然な明かりが揺れているのを見た。提灯程の小さな明かりだったが、その位置が、可笑しい。まるで地面の上で何かが燃えているようだった。私は不安になり、ゆっくりとそちらへ歩み寄る。次第に、その僅かな明かりに照らされて、二人の人影が見えてきた。一人は地面に腰を付いている、どうやら農民のようだった。そしてもう一人、その農民を見降ろす様に立っていたのは。
 
「…キュウゾウさん?」
 
私の声に、キュウゾウさんが僅かに顔をこちらへと向けた。農民は、あの時シノさんの名前を叫んでいた人だった。その人は私の声を耳にすると、小さな悲鳴を上げる。そして私が紅を持っているのに気付くと、慌てて立ち上がり逃げて行った。
 
「あ、あの!」
「放っておけ」
 
咄嗟にその人を呼び止めようとした私を、キュウゾウさんが制した。私は、明かりの正体が燃える提灯であること、それも綺麗に半分に斬られた物である事に気付く。恐る恐るキュウゾウさんを見上げると、キュウゾウさんは何も無いように見える脇の林へと冷やかな視線を向けていた。
 
「何か、あったんですか…?」
「…何も」
 
しかしそう言いながら、キュウゾウさんは林の方から目を離さない。私も顔を出してそちらを見ようとした時、不意にキュウゾウさんがこちらに視線を戻した。思わず慌てて姿勢を正すと、自然と向きあうような形になる。組分けで一緒になったあの時の気まずさを思い出し、私はつい目を泳がせてしまう。そんな私に、キュウゾウさんは相変わらず抑揚のない声で言った。
 
「お前こそ、何をしている」
「少し、散歩を…そうしたら、不自然な明かりが見えたので…」
 
私の返事を聞くと、それっきりキュウゾウさんは黙ってしまった。何故か叱られているような感覚に囚われ、無意識に体が硬くなる。俯いた視界に見える、未だ燃え続ける提灯の火と、その灯りに照らされ、じっと動かないキュウゾウさんの足。そこへ、ふっと映った何かに、思わずビクッと体が震えた。すぐに、それはキュウゾウさんの手だと気付く。しかし、その手が私の肩にかかった一房の髪に触れているという状況に、頭が混乱した。訳も解らず、恥ずかしさと動揺から、私の顔は茹蛸のように真っ赤になる。やがて、その手は伸ばされた時同様、唐突に離れていった。けれど私は顔を上げる事も、その場から動く事も出来ない。ただ、今起こった事を理解しようとするのに必死だった。そんな私に気付いているのか居ないのか、キュウゾウさんは静かに歩き出し、横を通り過ぎて行く。
 
「戻れ。…風邪をひく」
 
はっとして振り返った時。そこにはもう、キュウゾウさんの姿はなかった。
 
≪…読めねぇ奴…≫
 
紅が、小さく呟くのが聞こえた。
 
 
第七話、備える!
 
 
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