翌日。まだ日も昇らない内に、カンベエさんは村の人達を広場に呼び集めた。当然私達もその場へと向かう。まだ眠そうに欠伸をするコマチちゃんの横で、私も少しだけ目を擦った。
 
「ナマエさん、大丈夫ですか?」
「あ、ご、ごめんなさい。大丈夫です」
 
心配そうなキララさんに、慌てて答える。笑って誤魔化すような感じになってしまったけれど、本当はまだ頭がぼんやりしていた。あの後、なかなか寝付く事が出来なかったのだ。けれど私がこんな調子では、村の人々に示しが付かない。ふるふると眠気を払うように首を振ると、私はしっかりと前を向いた。広場には、まだちらほらと人が集まり始めたばかりだった。勿論カンベエさん達サムライは、全員集まっている。
 
「おはようございます」
「おはよーです…」
「…すまぬな、朝早くから」
 
キララさんとコマチちゃんに続いて、私も挨拶をしながら小さく頭を下げると、コマチちゃんの様子を見たカンベエさんが苦笑気味に言った。キクチヨさんが大きな声で笑う。
 
「何だ何だぁ、コマチ坊!まだぼけーっとしてんのか!」
「…だって、まだ眠いです…」
「かーっ!俺様を見習ってシャキッとしろよなぁ!」
「うー…」
 
朝から元気だなぁ、なんて思いながらそれを眺めていると、キクチヨさんは突然私に話しを振った。
 
「ほらほら!おめぇもまだ半分寝てんじゃねぇか!?」
「そ、そんな事無いですよ…!」
「本当かぁ?」
 
確かに先程までは少しばかりぼーっとしていたので、それ以上は強く否定出来なくなってしまう。すると横からヘイハチさんとゴロベエさんの声が割り込んだ。
 
「あまり大声を出すと、皆に迷惑でしょう」
「どうせ起きなきゃなんねぇんだ、別に良いだろ!」
「ならば村の者達に向かって檄を飛ばしてやれ」
「おぉ!それもそうだな!」
 
ゴロベエさんにそう言われると、キクチヨさんは近くを歩いていた人に、おはようでござる!などと声を掛け始めた。ほっと息をつき、つい助かったという表情を浮かべてしまった私を見て、二人は小さく笑った。慌ててそちらに向き直り、挨拶する。
 
「お、おはようございます。ヘイハチさん、ゴロベエさん」
「おはようございます。昨日は良く眠れましたか?」
「え…あ、はい」
 
その言葉にまた昨夜の事を思い出してしまい、私はそっとキュウゾウさんの方を見る。キュウゾウさんは、静かに顔を伏せていた。けれどその時、不意に視線だけがこちらへと向けられる。驚きながらも小さく会釈をすると、また黙って目を伏せられてしまったが…。ヘイハチさんは、そんな私達の様子を不思議そうに眺めていた。
 
「ナマエ殿、その着物は…」
 
カツシロウさんの声で、私は思い出したように自分の格好を見る。そういえば、昨日キララさんに借りた服のままだったのだ。
 
「キララさんにお借りしたんです。服を洗っている間、代わりにと」
「そ、そうか…」
 
カツシロウさんは何か言いたげだったが、視線を泳がせたまま躊躇っている。その頬が少しだけ赤くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。するとシチロージさんが笑いながら言った。
 
「良くお似合いでげすよ」
「え?あ、ありがとうございます」
「カツシロウ殿も、そう言いたかったのでしょう?」
 
あ、とそれに気が付くと、カツシロウさんはすぐに顔を背けてしまった。
 
 
 
間もなく、村の人達が集まった。コマチちゃんは後からやって来た友達のオカラちゃんと一緒に、今はその中に居る。キララさんはカンベエさんの横に立ち、私はカツシロウさんの横、半歩下がった位置に立った。カンベエさんが、じっと全員の顔を見回す。皆一様に不安げな表情を浮かべていた。朝の空気とは明らかに違う何かが、辺りに漂っている。やがてカンベエさんはしっかりと前を見据えて言った。
 
「これより、村の守りを固める」
 
その言葉に、村の人達は声を上げる事も、顔色を変える事もない。ただただ不安げな表情で私達を見つめているだけ。カンベエさんは一番前に居たギサクさんに聞く。
 
「野伏せりの主力は四十機と聞いたが、変わりはないか?」
「うむ。でかいのが十機程、あとは鋼筒と同表で六十ってとこか」
「いずれは斥候を出さねばなるまいな」
 
カンベエさんの言葉に、横に立っているゴロベエさんが頷いた。それから、カンベエさんは振り返り私達を見ると、それぞれに指示を出し始める。
 
「ヘイハチは武器の調達を頼む」
 
その言葉に、ヘイハチさんは小さく「はい」と頷いた。村の隠し蔵にも弓や刀はあったが、それだけではまだ足りない。もっと多く、そして強力な武器が必要だった。元工兵であるヘイハチさんの、腕の見せ所である。
 
「シチロージはいつもの如く、な」
「お任せ下さい」
 
シチロージさんへの指示はそれで終わってしまった。余計な事は言わなくても、やるべき事を解っているのだ。流石はカンベエさんの古女房である。しかし、次に出されたカンベエさんの指示には思わず私も驚いてしまった。
 
「キュウゾウは手の空いた男衆に、弓の稽古をつけてやってくれ」
「…承知」
「え…?」
 
村の人達も同じく動揺の声を発していたので、私の事は誰にも気に留められる事は無かったけれど…キュウゾウさんが、弓の稽古。さまざまな情景が浮かび上がって来たので、私はそれらを慌てて振り払う。
 
「私は、何を」
 
カツシロウさんが一歩進み出て、期待を込めた目でカンベエさんを見る。カンベエさんは振り返りカツシロウさんを見ると、短く答えた。
 
「お主は見回りだ」
「見回り、ですか…」
 
他の人に比べて地味な役回りに、カツシロウさんは気勢を削がれたかのように呟く。その様子に気付いたカンベエさんは、カツシロウさんの傍に歩み寄り、補足する。
 
「敵の斥候は決して逃すな。首尾が整う前に、奴等に気付かれてはならぬ」
「!…はい!」
 
その言葉で自分の役目の重要性に気付いたらしいカツシロウさんは、表情を引き締めて返事をした。カンベエさんはそのままカツシロウさんの横を通り過ぎ、村の人達の前に立つ。
 
「兵の足並みが揃わねば、勝てる戦も勝てん。一同、心を一つにして、野伏せりにあたろうではないか!」
 
しかし、その言葉に対し返って来た声は酷く弱々しかった。他の者の反応を窺うように、村人達は互いに顔を見合わせ、とりあえずは、というような声を上げる。私達はそれを見て、思わず溜め息をついてしまった。だがその時、一際大きな声が響き出す。
 
「おーッ!!」
 
杖を振り上げ力の限りに叫んでいたのは、ギサクさんだった。驚く村の人達にも構わず、ギサクさんは叫び続ける。その時、別の所からも声が上がった。
 
「「おーっ!」」
 
仲良く腕を振り上げていたのは、コマチちゃんとオカラちゃんだ。それを見て、思わずその後ろに立っていた人々も声を上げ始める。それらはすぐに広がって行き、やがては全員が拳を振り上げて叫んだ。村に、鬨の声が響き渡った。
 
 
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