私達の事が知れたせいか、敵は村へ入る唯一の道である橋の近くに見張り小屋を建てていた。ゴロベエさんが双眼鏡を使い、その様子を窺いながら呟く。
 
「…こーら、だれとるぞ」
 
その言葉から察するに、敵は真面目に見張りに就いていないのだろう。私達にとってはありがたい事だけれど。ゴロベエさんがこちらに戻ってくるのに気付き、私は場所を空けるようにそっと横へずれた。そして再び下の様子を見る。
 
「行ったか?」
「たった今」
 
ゴロベエさんの問い掛けに、ヘイハチさんが答える。キュウゾウさんは黙って下を眺めていた。私達四人は今、村へと続く橋の手前にある、小高い林の中に身を潜めている。そこからは街道も橋も良く見えた。その道をリキチさんの引いた大八車が通って行く。実はその中にカツシロウさん達が乗り込んでいるのだ。見張りの目を欺いて村へ入る為の策、ではあるのだが…。
 
「しかし、どうあってもあれに乗らねばなりませんか?」
 
ヘイハチさんの言葉に、私も思わず小さな呻き声を漏らしてしまう。ただの荷運び用の大八車なら良いのだが、あれは…肥桶を運ぶ為の物だった。シチロージさんなどは、乗り込む前に露骨に嫌そうな表情を浮かべていたのを思い出す。それほどまでに、酷いのだ。その…臭い、が。
 
「仕方あるまい。あれ以外、怪しまれずに姿を隠して乗り込める物がないのだ」
「そうは言いましてもねぇ…」
「なぁに、鼻を摘まんで口で息をしておれば気にもなるまい」
「うぅ…それはそれで、ちょっと嫌です…」
 
私達がそんな会話をして居ようと、キュウゾウさんは一言も発する事は無い。もしかして臭いなどキュウゾウさんにとってはどうでも良いのだろうかと思い、顔を上げてみると、キュウゾウさんはいつの間にか、荒野で砂埃を防ぐために着用していたマスクを着けていた。やっぱり、気になるらしい。何だか微笑ましい一面を垣間見た気がして、こっそりと笑みを零す。それに気付いたキュウゾウさんが僅かに顔をしかめたので、私は慌てて顔を逸らした。そうこうしている内に、カツシロウさん達を降ろしたリキチさんが再びこちらへと戻ってくる。
 
「やれやれ…腹を括りますか」
 
諦めたように言うヘイハチさんの言葉を聞き、私も観念する。ただ、少しでも早くリキチさんが進んでくれる事を、祈らずには居られなかった。
 
 
 
「大丈夫ですか?ナマエさん」
「だ、大丈夫、です…」
 
苦笑気味に問いかけるヘイハチさんになんとか返事はしたものの、予想以上に酷かった臭いに、私は少しだけ気持ち悪くなっていた。ゴロベエさんとキュウゾウさんは全く気にしていない様子で村へと進んでいく。
 
「あれのお陰で美味しい米が出来ているとはいえ…流石に堪えますね」
 
ヘイハチさんは言いながら、自分の服にまで臭いが付いていないかどうかを嗅いで確かめていた。暫くすると林は途切れ、村へと辿り着く。先に行っていたカンベエさん達は、入口近くの家に背を預けるなどして私達を待っていた。その前で、先を歩いていたリキチさんが呆然と立ち尽くしている。私達も歩みを止め、その光景を眺めた。村人達が、一人も居ない。いや、正確には居る。しかし、皆家に閉じこもり、固く戸を閉ざしているのだ。コマチちゃんが家々を掛け回り、戸を叩いて出て来るように呼びかけているのを見て、リキチさんも慌ててそれに加わった。キララさんは道の真ん中で立ち尽くしている。私達はとりあえず、カンベエさん達の元へと移動した。
 
「これが我等の城か」
 
ゴロベエさんがそう呟いた意味を、私も何となく悟った。
 
「なすてだ…おサムライ様、連れてきただぞー!!」
 
ついに、リキチさんはガックリと膝をついて叫ぶ。それでも、やはりどの家の戸も開かれる事はなかった。
 
「…爺様を呼んできます!」
 
キララさんはそう言うが早いか、振り向き様に駆け出して行く。その後をコマチちゃんも追って行った。私達はその場でどうする事も出来ずに立ち尽くす。
 
「…のっけから随分なお出迎えですねぇ」
 
ヘイハチさんは呟きながら、苦々しい表情で家々を見た。何の事だろうかと、私もその視線を辿ってみる。すると所々で人の動く影が見えた。それらは私達が目を向けると、慌てて奥へと引っ込んでいく。こちら達の様子を窺っているのだ。そう理解した途端、私も急に居心地が悪くなってしまう。物陰からじろじろと見られるのは、あまり気持ちの良いものではない。ゴロベエさんが私達の様子に気付き、苦笑する。
 
「まぁそう言うてやるな。慣れない余所者に、警戒しておるのだろう」
「しかし、我々はこの村を救うために参ったのです。村人がこの調子では…」
 
そこまで言って、カツシロウさんは先程から黙ったまま俯くカンベエさんを見た。その気配に気付いたのか、カンベエさんは伏せていた目を開き、僅かに顔を上げる。しかし何を言うでもなく、小さな溜息を一つ零すと再び顔を落としてしまった。
 
「どうしたもんかねぇ…」
 
シチロージさんが小さく頭を掻く。ふと、私はこの静けさに違和感を感じ、辺りを見回した。
 
「そういえば、キクチヨさんは…?カツシロウさん達と一緒に行ったんじゃ…」
「キクチヨ殿なら、大八車に乗り込む時からすでに居なかった」
「もう村へは入っていると思いますがね」
 
カツシロウさんとシチロージさんの答えに、私は一抹の不安を覚える。式杜人の里でキクチヨさんが居なくなった時の事を思い出したからだ。村の中にいるのなら、大丈夫だとは思うけれど。
 
「キクチヨさん、どこに行ったのかな…」
 
 
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