夜になり、私達は適当な岩陰で一夜を明かす事になった。丁度良く浅い窪みになっている場所を見つけ、シチロージさんが私達を中へ促す。キララさんが先に入るのを見てから、私はキュウゾウさんに目を向けた。キュウゾウさんは、少し離れた岩の上に腰を降ろしている。
 
「アタシとキュウゾウ殿、交替で見張りをします。お嬢さん方はゆっくり休みなさい」
「見張りなら、私も…」
「おやおや、アタシらじゃ不安ですかい?」
「そ、そんなつもりじゃ」
「だったら頼りにしておくんなさい」
 
意地悪く笑うシチロージさんに上手く丸めこまれるようにして、私はしぶしぶ中へ入った。何も出来ない自分を、少し歯がゆく思う。どうして私は、ここに居るんだろう…また、そんな事を思ってしまう。そういえば、と、私は先程聞き逃してしまった質問を思い出して尋ねた。
 
「あの…キュウゾウさんとカンベエさんは、どういう関係なんですか…?」
 
それはキュウゾウさんが、雷電からカンベエさんを救った時から感じていた疑問だった。キララさんの表情が、僅かに険しくなる。
 
「あの方は、街で私達を襲ってきたのです…」
 
そう言って、キララさんはぽつりぽつりと話してくれた。私がカンベエさん達と出会う前の事。虹雅峡の差配、あの若と呼ばれた青年の父にあたる人の部下だったキュウゾウさんは、命令によりカンベエさん達を討とうとした。何故そのような命令が下ったのかは解らない。恐らくあの青年がキララさんを欲していたのと関係があるのだろう。サムライ狩り以前から、一行は目を付けられていたという事らしい。そして、その時キュウゾウさんと刃を交えたカンベエさんが、その腕に惚れたのだそうだ。けれど仲間にと誘ったものの断られ、ならば決着は村を守るという仕事が終わるまで待ってくれと、その場はカンベエさんが退いたという訳だ。その話しを聞き、今までの疑問が次々に解けていく。
 
『お主を斬るのはこの俺だ』
 
そう言ったキュウゾウさん。キュウゾウさんの名前を知っていたカンベエさん。そんな二人を戦わせようとしたヒョーゴさんを思い出し…少しだけ、胸が痛くなる。あの後、私は式杜人の人達に、ヒョーゴさんの為にお墓を作って欲しいと頼んだ。敵の為に何故そのような気を遣うのかと尋ねる式杜人に、私は答える事が出来なかった。ただ、どうしてもあのまま放っておく事が出来なかった。確かにヒョーゴさんは私達を襲ってきた敵、それ以上の事を私は知らない。知らない、はずなのに。けれど、大切な人を失ったように悲しいのは、何故…?もしかしたら、私が忘れてしまっているだけなのだろうか。本当は、ヒョーゴさんの事を知っているんじゃないだろうか。しかし私はその考えを、掻き消すように否定する。だとしても、もう、遅いのだから…。私は静かに目を閉じて、黙祷した。そして、ふと思う。もしかしたらキュウゾウさんの事も、忘れてしまっているだけなのだろうかと。
 
 
 
翌日。まだ日が昇らないうちに、私達は出発した。薄らと湿ったような、朝の空気を吸いながら歩く。結局、見張りをしている二人が気になって、なかなか眠る事が出来なかった。それでも体の疲れが取れているのは、これも唐紅のおかげらしかった。
 
≪全く、余計な手間を掛けさせやがる≫
 
唐紅がそう呟くのを、私は確かに聞いていたから。
 
暫く歩いていくと道が二手に分かれていた。左の道は細く長く、左右は高い岩壁に挟まれている。落石の後もあり、一見して危険そうだと感じた。右の道は比較的開けていて、すぐ向こうに所々岩の突き出る平坦な荒野が見えた。キララさんは立ち止まり、振り子で道を調べる。
 
「水脈は両方に通じています。どちらを選んでも村には辿り着けます」
 
キララさんの言葉を聞き終わらない内に、キュウゾウさんは右の道へと歩き出していた。
 
「!、勝手な…っ」
「まぁまぁ。さ、アタシ達も」
 
その態度に怒るキララさんを、シチロージさんが苦笑しつつ宥める。
 
「陰鬱に押し黙り、勝手な真似ばかり。これでは到底解り合う事は出来ません。私はあの方を村へ連れて行くのは反対です」
 
キュウゾウさんの背中を睨みながら、キララさんはそう言う。シチロージさんも少々困ったようにキュウゾウさんの背を見る。
 
「サムライって奴は、口は置いといて体張ってなんぼだから」
「言葉で伝え合わなければ解らない事もあります」
 
確かにそうだと思ったけれど、私は思った事を口にする。
 
「でも、キュウゾウさんはちゃんと私達の事を考えて行動してくれていると思います」
 
この道も、全員で相談した所で選ぶのは右だったろう。黙ったまま行くのは良くないけれど、一刻一秒でも早く村へ着く為には素早い判断だともいえる。それに、この道中でキュウゾウさんはずっと索敵や見張りを率先して行ってくれていたのだ。私は徐々に、キュウゾウさんという人を理解して来たような気がしていた。
 
「ただ、それを言葉にするのは、少し苦手なんじゃないでしょうか」
「…」
 
キララさんはまだ少しだけ納得のいかないような表情だった。けれど、先程までの怒りは収まっているようだったので、私は少し安堵する。それと、キュウゾウさんが素早く岩壁に寄ったのは、ほぼ同時の事だった。いきなりの行動に、私達は言葉を止める。キュウゾウさんはそのまま静かに、
 
「…来る」
 
と呟いた。私はその意味を、唐紅の反応により瞬時に理解した。次の瞬間、前方から爆音と共に粉塵が上がる。体を回転させ、地面を掘って飛び出してきたのは、桃色の機械。それを見たシチロージさんが低く呟く。
 
「…なるほど、ウサギか」
「ウサギ…?」
 
私の疑問の声に、シチロージさんが手短に説明してくれる。兎跳兎(とびと)、通称ウサギ。鋼筒同様、大戦時に足軽として使われた機械。主に偵察や尾行などの隠密行動を得意としている。常に二人一組で行動しており、あの形態は二機が一つに合わさった姿らしい。
 
「アタシらを跟けて居たのは、恐らく奴だ」
 
その言葉で、私はあの時感じた胸騒ぎの正体を理解した。すぐさまキュウゾウさんが二本の刀を抜き、駆ける。前方で跳躍し、兎跳兎を縦に切り裂く。あっさりと両断されたかに見えた兎跳兎は、そのまま左右に分裂した。半分に分かれたそれぞれの機体から、胴部と脚が現れる。それと同時に刀を取り出し地面に着地した兎跳兎は、キュウゾウさんに左右から狙いを定めた。
 
「まずい。キララ殿は岩陰に隠れていて下さい。ナマエ殿は護衛を」
「はい…!」
 
仕込み槍の刃を出し、兎跳兎へと向かうシチロージさんに短く返事をして、私とキララさんは近くの岩に身を隠した。いつでも抜く事が出来るよう、唐紅に手をかける。後は、戦闘に集中するだけ。兎跳兎は目から光線を放ち、キュウゾウさんを追い込んでいる。それらをかわしながら、キュウゾウさんはその内の一体に向かって行った。逆手に持っていた刀を瞬時に持ち替え、兎跳兎に斬りかかる。だが兎跳兎は二刀流のキュウゾウさん相手になかなかの抵抗を見せた。その隙にキュウゾウさんの後ろからもう一体が迫る。と、その首を横から飛びかかったシチロージさんの槍が貫いた。勢いで兎跳兎の首はもぎ取れ、なおもぎこちなく動こうとする胴部もシチロージさんによって蹴り飛ばされる。シチロージさんは兎跳兎の首ごと地面に突き立てた槍を使い、鮮やかに着地した。間を置かず横へと吹き飛んだ兎跳兎の胴部を追う。その間にキュウゾウさんは残る一体へと集中していた。しかし目から放たれる光線に苦戦している。刃と刃が弾かれるキィンッという鋭い金属音と共に出来た一瞬の隙。それを見逃さず、キュウゾウさんは再び逆手に持ち替えた刀を下段から上段へと斬り上げ、兎跳兎の左腕を飛ばした。兎跳兎は瞬時に脚を収めると、そこから気流を噴き出し後方へと飛び距離を取った。岩壁で跳躍し、着地する。そこは私とキララさんが身を潜めている岩の上だった。一瞬、肩越しに振り返った兎跳兎が私達に気付く。キララさんはそれに怯え、咄嗟に岩陰へと身を隠した。兎跳兎の無機質な瞳が前方へと向き直ると、間髪入れず、こちらへと駆け寄って来ていたキュウゾウさんが兎跳兎の両足を切断した。だが、胴部がそのままこちらへと倒れ込んでくる。
 
「きゃあぁっ!」
 
キララさんが叫ぶ。私は、兎跳兎の瞳が光線を放つ為に光を帯びて行くのを見た気がした。次の瞬間、体が勝手に動く。背負っていた唐紅を抜き放つ一閃で、兎跳兎を斬り捨てる。ガシャンッと勢い良く地面に叩きつけられた兎跳兎の首が取れた。転がった首はこちらを向いて止まる、その目は尚も光を灯して行く。
 
「っ!」
 
間に合わない…!ビクンッと唐紅が震えた様な気がした。また、動こうとした体が咄嗟に止められるその反動で、私は動けなくなる。光がゆっくりと消えていく。その首に刀を突き立て、キュウゾウさんが静かにこちらを見ていた。向こうの方で爆音がする。シチロージさんがもう一体の兎跳兎を倒したのだろう。私は固まっていた腕をぎこちなく降ろした。
 
「怪我はないか?」
 
こちらへと歩きながらそう問いかけるシチロージさんに、私は小さく頷く。まだ心がざわついているようだった。
 
「いずれはこうなる事を感じていた、だからあの時片付けようとした」
 
キララさんが、横でハッと息を飲むのが聞こえた。シチロージさんはキュウゾウさんに向かって続ける。
 
「それがキュウゾウ殿の気遣いですか」
 
キュウゾウさんは黙ったまま、刀を鞘に収めた。そしてそのまま、何事もなかったかのように再び歩き出す。すれ違う時。キュウゾウさんの紅い瞳が僅かに歪んで、私を捉えた。
 
「ぁ…」
 
何か言わなければ、何故だかそう思った。けれど私の口からは小さな音が漏れただけで、それ以上は何も出てこなかった。シチロージさんがキララさんと私を促すように声をかける。
 
「さ、アタシらも行きましょう」
 
私は黙って頷き、キララさんを見た。キララさんは思い詰めたように、暗い顔をしている。ふと顔を上げた事で、目が合う。
 
「…私が、間違っていたのでしょうか」
 
私はその問いに、少しだけ迷いながら答える。
 
「きっと、私達はもう少し、お互いに歩み寄るべきなんだと思います…」
 
それは、私自身に向けた言葉だったのかも知れない。キララさんは、再び俯きながら歩み出す。シチロージさんは微笑とも苦笑とも取れる、曖昧な表情を浮かべていた。私は前に向き直り、キララさんの後ろに続く。その後しばらくは誰も口を聞かず、ただ微妙な沈黙のもと、歩き続けた。
 
 
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