あれから、渋るキララさんをなんとか宥め、私達は三組に分かれて村へと向かう事になった。野伏せりに知られた以上、大人数での移動は目立つ上、敵にすぐ正体を見破られてしまうからだ。村への道を知っているリキチさん、キララさん、コマチちゃんを道案内役として、そこに二人ずつサムライが付く事となる。キクチヨさんが自分はどこに付けば良いのかとカンベエさんに問うと、カンベエさんはお前は読めないのだと言った。だったら好きにさせてもらうというキクチヨさんに、私もそうすべきなのかと迷った時だった。
 
「お主はシチロージ達と共に行け」
「え…?」
 
カンベエさんの言葉に、思わず気の抜けた声を出してしまう。
 
「不満か?」
「あ、いえ!そういう訳じゃ、ないですけど…」
 
男性ばかりの組よりは、やはり歳の近いキララさんが居てくれた方が良い。そう思っては居たものの…私はちらりとキュウゾウさんの方を見た。先程から、痛いほどの視線を感じていたからだ。ぴたりと目が合うと、私の方がすぐに視線を外してしまったけれど…あの睨みつけるような強い視線が、今は何処か恐ろしい。仲間だったヒョーゴさんを斬ったにも関わらず、全く揺らぐ事の無いその瞳。何を思っているのか、何故ずっと私を睨んでいるのか、さっぱり解らない。そんな私達の心情を察しての抜擢、なのだろうか。カンベエさんはそのまま、全員への指示に戻ってしまった。
 
仕方がないので、挨拶だけはして置くべきかと思い、私はキュウゾウさんの元に近付く。
 
「あの…ナマエ、と言います。よ、宜しくお願いします」
 
そう言って、一礼する。けれどキュウゾウさんは黙ったまま、動く気配すらない。名乗って貰わなくても、もう名前は知っているのだけれど…どうすれば良いか分からず、私は恐る恐るキュウゾウさんを見上げた。そしてまた、あの視線と目が合ってしまい、慌てて顔を落とす。間近で見ると身長差もある分、見降ろされているようで尚更恐ろしい。そのままぎくしゃくとした空気が流れる。
 
「…何をしてるんでげすか、お二人さん」
 
シチロージさんの声に、私は思わず助けを求めるような気持ちでそちらへと顔を向ける。
 
「あの、その…」
「交際を始めたばかりの男女じゃあるまいに、何をそんなに固くなってるんですかね」
「そ、そういう訳じゃ…!」
 
からかう様に言うシチロージさんに、私は慌てた。不意にその後ろからつかつかとキララさんが現れる。
 
「他の皆さんはもう出立致しました。私達も急ぎましょう」
「わわ…っ」
 
そう言いながら私の手をしっかりと握り、そのままの速さで歩き出す。半ば引きずられるような恰好で、私も必死に後に続いた。
 
「…随分と、あのお嬢さんに興味がお有りのようで」
 
シチロージさんが、キュウゾウさんにそんな事を呟くのが聞こえた気がした。
 
 
 
暫く進んだ所で、キララさんは左腕につけた振り子を垂らした。
 
「それは…?」
「あぁ、ナマエさんにお見せするのは初めてですね」
「アタシも興味がありますな」
 
少し後ろを歩いていたシチロージさんも、覗き込むように顔を出す。
 
「水分りの巫女に代々受け継がれる物で、水を通して様々な事を感じ取る事が出来るんです」
「水を、通して…」
「はい。人の心の渇きや潤いも感じ取る事が出来ます。この力で、おサムライ様を探す事が出来るのではないかと思い、私も街へと来たのです」
「そりゃ凄い」
 
キララさんはゆっくりと目を閉じ、静かに呼吸する。すると振り子が淡い光を放ちながら小さく揺れ始めた。振り子についた小さな鈴がちりちりと音を立て、やがて地面の一点を指して止まった。淡い光が地面を指し示し、その下を流れている水がうっすらと見えるような気がする。
 
「地下に水脈があります。恐らくカンナ村へと続いていますので、これを辿って行けば村へ行く事が出来るでしょう」
「では、進路は決まりですな」
 
キュウゾウさんはすでに、私達よりも少し前を歩いていた。キララさんはそのまま振り子で水脈を辿りながら進み、私もその隣を歩いていた。シチロージさんはキララさんの左側、少し後ろを歩いている。次第に、キュウゾウさんと私達の間の距離が開いて行く。そのまま一人で行ってしまうのではないか、そう不安になる。けれど一定の間隔が開くと、後はその距離を保ちながら進んでいるようだった。時々少し先へ行っては立ち止まる。何をしているのだろう、と疑問に思った時。
 
≪索敵だ≫
 
唐紅が、短くそう言った。その言葉に、私ははっとする。キュウゾウさんは勝手に歩いている訳ではなく、常に先を行き、辺りを警戒してくれているのだ。と、その時。キュウゾウさんが何度目かの足を止め、肩越しにこちらを振り返った。はたと目が合い、私は反射的に顔を逸らしてしまう。それまでじっと背中を見つめてしまっていた為、恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じる。ちらりと様子を窺った時にはもう、キュウゾウさんは前を向いていたけれど。私はほっと息をつき、それ以上はもうその背中をあまり凝視しないよう注意しながら歩く事にした。
 
 
 
昼過ぎ頃。私達は山をやや迂回するように、崖沿いの道を歩いていた。途中でキュウゾウさんが前を歩くのを不満に感じたキララさんは、今は先頭を歩いていた。私はその後ろを、シチロージさんに並びながらついて行く。キュウゾウさんは、今は一番後ろだった。
 
「…ナマエ殿は、キュウゾウ殿とお知り合いで?」
 
ふいに、シチロージさんがそんな事を言った。
 
「え?い、いえ…」
「どこかで会ったりした事は?」
「ありません…」
 
そこまで聞いて、シチロージさんは考え込むように小さく唸った。私は訳が解らずに問い返す。
 
「どうして、ですか?」
「ちょいと後ろからの視線が気になりやしてね」
 
その言葉に、私は思わず振り返る。そしてまたキュウゾウさんと目が合ってしまった。しかし今度は、キュウゾウさんの方が視線だけ横にずらし、目を背ける。恐らく、私達の話しが聞こえていたのだろう。
 
「組分けの時も、何やら重々しい雰囲気だったもんで。てっきり何かあったのかと思ったんですがね」
「そんな事、ないと思います、けど…」
 
そうは言ったものの、考えてみればキュウゾウさんは度々私の事を睨む…というか、見ているような気がする。組分けの時はもちろん、カンベエさんを助けて雷電を斬った後の時もそうだった。ふと、蛍屋で初めて会った時の事を思い出す。そう、キュウゾウさんと会ったのは、あれが初めてだったはず。けれどあの時、キュウゾウさんは私を見て、驚いていたように思う。もしかしたら勘違いかも知れないけれど…でも、なぜ?考え込んでいる私に気付いたのか、シチロージさんは僅かに声を潜めて言った。
 
「心当たりがお有りのようで」
「え、えと…はっきりとは、解らないんですけど…」
「解らないなら、確かめてみると良い。そしたらアタシも、スッキリするってもんでさぁ」
 
キララさんがキュウゾウさんを敵視するのは、まだ分かる。けれどキュウゾウさんが私を注視する理由を、シチロージさんは量る事が出来ずにいるらしかった。シチロージさんのその言葉に、私は少しだけ後ろを見る。キュウゾウさんは視線を落とし、黙々と歩いている。まるで尋ねられるのを拒まれているようで、結局、私は話しかける事が出来なかった。
 
暫くすると、前を歩いていたキララさんが立ち止まる。
 
「隣り村が見えてきました。私達の村はあの先です」
 
傍まで行くと、眼下に広がる田んぼと小さな村が見えた。キララさんは肩で息をしている。足手まといになるまいと意気込み、かなり早足で進んでいたので無理もない。それに気付いたシチロージさんも言う。
 
「キララ殿、息が上がっているではないか。そろそろ一息入れては如何かな」
 
その問い掛けは私と、キュウゾウさんにも向けられていた。
 
「わ、私も、その方が良いと…」
 
そこで思わず、口籠る。横でキララさんが、キッとキュウゾウさんを睨んで居たからだ。キララさんの視線をたどる様にして私もキュウゾウさんを見やると、キュウゾウさんはまた、すっと視線を横にずらしてしまった。その態度に、キララさんはますます機嫌を損ねる。
 
「いいえ、私なら平気です。村で皆が待っています、急ぎましょう」
 
シチロージさんもその様子を見て、苦笑を浮かべる。
 
「どうにもキュウゾウ殿が、お気に召さぬようだな」
「あの方の心が読めないのです。いずれまたカンベエ様を討とうとなさるのでしょう。恨みがある訳でもないのに、何故…」
「さぁねぇ」
「そういえば、キュウゾウさんとカンベエさんは―…、ッ!」
 
そこまで言うか言わないか。私はまた、唐紅の感知によりピリッとした空気が肌に走るのを感じ、言葉を止めた。
 
「跟けられてる」
 
キュウゾウさんが低く、しかし鋭い声を発した。思わず振り向こうとしたキララさんを、シチロージさんが見るなと注意する。緊張した空気が流れ、私は不安から、背に負う唐紅に手を伸ばしたくなる気持ちを必死に堪えた。突然、シチロージさんがキララさんの傍に跪く。
 
「足を乗せなさい」
 
その言動に、キララさんも困惑した表情を浮かべる。良いから早く!と急かすシチロージさんに気押され、キララさんはおずおずと足を差し出した。シチロージさんは、その靴に手をやる。それをみてすぐさま、こうして止まってても不自然に思われないようにしているのだと言う事に気付く。流石はカンベエさんと長く共に戦っていただけあると、その機転の早さに思わず以前と同じように感心した。かちゃっ、と小さな音がして、キュウゾウさんが片方の刀に手を当てたのに気付く。
 
「殺る気かね」
 
シチロージさんも、そのままの体勢で短く問う。それには答えず、一拍置いてキュウゾウさんは鯉口を切り、後方へ駆け出そうとした。しかし咄嗟に飛び出したキララさんがそれを止める。
 
「お待ち下さい!何故なんです、敵かどうかも解らない相手をわざわざ」
 
キュウゾウさんは僅かに身を捩り逃れようとするが、キララさんは離さない。一歩も退かず、鋭いその視線を見返す。
 
「今は村へ行くのが先決のはず。無駄な殺生は止めて下さい」
 
キュウゾウさんはキララさんをじっと見ていたが、やがてすっと刀から手を放し、再び歩き始めた。シチロージさんはやれやれと言った表情で小さな溜め息を零し、頭を掻く。しかしすぐにキュウゾウさんの後に続いて歩き出す。その二人をじっと見つめるキララさんに、私は声をかけた。
 
「キララさん…」
「…私の言う事は、間違っていますか?」
 
キララさんは少しだけ怒気を含んだ声で、そう聞いた。シチロージさんの溜め息を気にしたのだろうか。
 
「そういう訳じゃ、ないと思います。ただ…」
 
ふっと心を過ぎった何かを口にしようとして、止まる。キララさんは言葉の先を待つように、じっと私を見ている。私は思わず困ったように笑う。
 
「いえ、何でもないです。行きましょう」
「…はい」
 
少しだけ、気を悪くさせてしまっただろうか。キララさんは俯いた表情で歩き出した。隣を歩きながら思う。別に、キララさんやキュウゾウさんの態度をどうこう言おうとした訳じゃない。ただ、今敵を見逃した事で、少しだけ…嫌な胸騒ぎを感じた。それだけの事をわざわざ言う必要はない、そう思っただけだった。
 
 
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