煙が上がった場所へ辿り着くと、そこにはバラバラになった雷電の残骸と、鋼筒に囲まれた紅色の男が居た。少し離れた場所に、銃を持ったヒョーゴさんも立っている。
 
「キュウゾウ…」
 
キュウゾウ。カンベエさんの呟きを聞き、私は紅色の男の名を初めて知った。恐らく、あの人の名前で間違いないと思う。知っているという事は、カンベエさんは面識がある、という事だろうか?
 
「あれは、奴が?」
「ありゃりゃ、あれは見捨てられましたな」
 
シチロージさんとヘイハチさんの言葉で、私は状況を理解する。雷電を斬ったキュウゾウさんは、裏切り者として逆に斬り捨てられようとしているのだ。その時、遠くの方から小さな叫び声が聞こえる。驚いてそちらを見やると、鋼筒に引き摺られたキクチヨさんが居た。
 
「キクチヨ!」
「キクチヨさん!」
 
それを見たカンベエさんが、すぐさま駆け出す。間髪入れずにシチロージさんも続いた。
 
「カンベエ殿!」
「我々も参りましょう!ナマエさんはここに!」
「でも…!」
 
私が何かを言う前に、ゴロベエさんとヘイハチさんは走り出す。ヒョーゴさんが銃を構えているのに気づいたシチロージさんが叫ぶ。
 
「カンベエ様!」
 
その声に気付き、カンベエさんが前方へ避ける。放たれた銃弾はカンベエさんが飛び退いた後の地面へと着弾した。大きく舌打ちをしたヒョーゴさんを、キクチヨさんが大きな声で嘲る。
 
「へへーん!あいつにはなぁ、人質なんて汚ぇやり方は通用しねーんだよ!」
「何ィッ」
「なんたってぇな!あいつは、いや、あいつらは…サムライなんだよぉ!」
 
その声が合図とでもいうように、カンベエさん達は周りに居た鋼筒を全て倒してしまった。私は急いで皆さんの傍へと駆け寄る。
 
「解ったかこの偽ザムライ!鉄砲なんざ使う奴は、サムライじゃねぇ!」
 
キクチヨさんの言葉を聞きながら、ヒョーゴさんは苛立った表情で鋼筒に離れるよう手で指示した。キュウゾウさんに大太刀を突き付けていた鋼筒は、そのまま私達の周りを囲むように移動してくる。ヒョーゴさんは立っていた岩からキュウゾウさんの目の前へと駆け降りると、手にした銃を突き付けた。
 
「キュウゾウ!それほどまでに奴と剣を交えたいのなら、この俺が立ち会ってやる。存分にやるが良い」
 
その言葉に、私は鋼筒を警戒しながら疑問を浮かべる。剣を交えたい?ヒョーゴさんの視線の先には、キュウゾウさん、そして、カンベエさんが居る。カンベエさんを助けた時の言葉といい、キュウゾウさんはカンベエさんと戦いたいというのだろうか。ヒョーゴさんは続ける。
 
「斬って戻ればこれまでの独断不問に伏せる。もしお主が斬られた時は、俺がやる!それで、この務めは終いだ」
 
それを聞いたキュウゾウさんは、ゆっくりとカンベエさんへと振り返った。カンベエさんもキュウゾウさんを見据えると、手にしていた刀を一度鞘に収める。
 
「カンベエ様!」
 
シチロージさんが声をかけるが、カンベエさんは振り向かず、答えない。静かな睨み合いが続く中、私も二人から目を離せずに居た。ゆっくりと、二人の手が己の刀に触れる。張り詰めた空気。動くか、そう思った時。崖の上から何かが飛び出した。二人に向かって銃を構えていたヒョーゴさんが、振り返りざまにその何かを撃つ。しかし咄嗟の事で狙いの定まっていなかった銃弾は対象から逸れていく。掛け声と共に、鋼筒に吊るされていたキクチヨさんの縄を斬ったのは、カツシロウさんだった。地面に落ちた衝撃も加わり、キクチヨさんを縛っていた縄が緩む。一瞬それらに気を取られていたヒョーゴさんは振り返る。そして、目の前の光景に驚きの声をあげた。
 
「キュウゾウ…ッ!!」
 
キュウゾウさんが、刀を抜いたままヒョーゴさんへと向かう。ヒョーゴさんが銃を構え、放つ。しかしそれよりも早くキュウゾウさんはその懐に入り、ヒョーゴさんを、斬った。一閃に見えたそれはヒョーゴさんの持つ銃を細切れにして、そして。ヒョーゴさんの腹部から、痛々しい程の血が噴き出た。その光景に立ち竦んでいた私をかばうように、横に居たヘイハチさんが飛び出す。他の皆さんも、それぞれ目の前を飛んでいた鋼筒を斬り捨てた。立ち上がろうとしていたカツシロウさんの後ろから襲いかかろうとしていた鋼筒は、自力で縄から抜け出たキクチヨさんが殴り飛ばす。
 
「かーっ!スカッとしたー!ありがとぉよ、カツの字!」
 
カンベエさん達は、カツシロウさん達の方へと歩いて行く。けれど私はどうしてもヒョーゴさん達の事が気になり、そこから動けなかった。キュウゾウさんは黙ったまま、蹲るヒョーゴさんを見降ろしている。ヒョーゴさんは苦しげに呻くと、少しでも楽になろうと体を起こして、岩に背を凭れた。腹部からは、止めどなく血が流れている。ここから見ても…もう、助からないと解った。斬られた“人”の姿を、私は今、改めて目の当たりにしている。それは斬られて行く鋼筒や雷電を見るよりも強烈に、脳裏に焼き付いた。後ろからやって来たカンベエさんに肩を叩かれ、私はようやく我に返る。振り向くと、カンベエさんの静かな視線と目が合う。カンベエさんは私をじっと見つめた後、黙って横を通り過ぎて行った。
 
「ナマエさん…」
 
声を掛けられて、気付く。いつのまにかキララさんやコマチちゃんも来ていたらしい。他の皆さんがカンベエさんの後に続き、キュウゾウさん達の方へと行く中、キララさんは私の前で足を止めた。
 
「お怪我はありませんか?」
「あ、うん…大丈夫…」
 
慌ててそういうが、キララさんはなおも不安げな顔で私を見る。
 
「…?」
「…無事なら、良かったです…」
 
キララさんは、呟くように言った。
 
 
 
私達が他の人の元にまで来ると、ヒョーゴさんは苦しげに声をあげた。
 
「かかったな、サムライ共…このままでは済まさぬ…ソウベエ殿は今頃、本殿に向かっておるわ…」
 
その言葉に殆どの者が息を飲んだが、カンベエさんは予想していたように身動ぎ一つしなかった。ヒョーゴさんは僅かに顔を上げ、キュウゾウさんを見る。
 
「な、ぜだ…キュウゾウ…」
 
その問い掛けに、キュウゾウさんはすぐには答えず。
 
「生きて、みたくなった」
 
間を置いて、呟くように発せられたその言葉の意味を、私には理解する事が出来なかった。けれど、ヒョーゴさんには伝わっていた。
 
「馬鹿め…!」
 
最後に、ヒョーゴさんはそう言って、息を引き取った。暗い沈黙が流れる中、カンベエさんがキュウゾウさんの背に声をかける。
 
「お出で願えるか?」
「出立は」
「今すぐ」
 
それは紛れもない肯定だった。6人目の仲間に、皆は喜びの表情を浮かべる。けれど、私の心境は複雑だった。
 
「行くのか、寂しいねぇ」
 
式杜人の一人が、冗談交じりに言う。
 
「野伏せりは儂らを知ってしまった。事は一刻を争う」
 
そう答えるカンベエさんを、ホノカさんが呼び止める。ホノカさんの気持ちを察して、何かを言う前にカンベエさんは話す。
 
「気に病むな、そなたはここで待っておれ」
「…妹や、リキチさんのおかみさんは、きっと野伏せりの本殿に」
 
謝罪の代わりにそう告げるホノカさんに力強く頷き、カンベエさんは皆に行くぞと声を掛けて歩き出す。しかし、その歩みは道を遮る様にして立つキララさんによって、程無く阻まれる事となった。
 
「キララさん…?」
 
私は隣に立つキララさんに、どうかしたのかと声を掛ける。けれどキララさんは真っ直ぐにカンベエさんを見据えたまま、動かない。やがてそのままの状態で、はっきりとした声をあげた。
 
「この人は敵です」
 
その一言に、カンベエさんも、他の誰も、声を上げる事は無かった。
 
 
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