洞窟の入口がある岩場まで引き返し、私達はひとまず休む事にした。ヘイハチさんは刀の手入れをし、ゴロベエさんは竹筒から水を飲んでいる。ふと、私の視線に気付いたゴロベエさんが、飲むか?とそれを差し出してくれる。一瞬迷った後、私は少しだけ頂く事にした。緊張で、喉がからからになっていたからだ。なぜか手入れの手を止め、顔をあげたヘイハチさんの視線が痛かったけれど。やがて落ち着いた頃合いを見て、カンベエさんが私の方を向く。
 
「先程は、お主のお陰で助かった」
「あの状況で、よく銃撃に気付きましたな」
 
シチロージさんの言葉で、私は何の事かを理解した。そして慌てて首を横に振る。
 
「あ、あれはたまたま…!」
「だが、あの時お主の声がなければ儂は間違いなく撃たれていた。礼を言うぞ」
「はい…」
 
鋼筒一機を相手におどおどしていたというのにお礼を言われるのは、何とも言えない気分だった。戦うなどと言って、付いてきながら…。靄のような物が、私の中でぐるぐると渦巻く。そんな私の心境を察したかのように、カンベエさんは怪我がなくて何よりだと言った。そしてリキチさんやホノカさんの方を向く。
 
「お前達も、怪我はないか?」
 
ホノカさんは暗い表情でうつむいたまま、答えない。代わりにリキチさんが頷き、答える。
 
「へぇ。水分り様の目さ狂いはなかったぁ。おさむれぇ様達はほんっとにお強えぇ。これで、村から野伏せりは居なくなるだ」
 
しかし、カンベエさんはリキチさんの期待感溢れる目から顔を逸らす。
 
「飛び道具には勝てん。先の大戦でも、あれのせいで仲間が随分と死んだ」
 
その言葉に、シチロージさんも一瞬暗い表情を浮かべた。けれどすぐに茶化すような笑みと声を浮かべる。話しを逸らすように。
 
「さて、まさかマロの手先が野伏せりまで使うとは。流石アキンド、およそ買えない物はありませんな」
「ははん、だから奴ら、ここで待ち伏せ出来たんだな」
 
納得したように言うリキチさんの言葉に、私はふと違和感を感じる。
 
「式杜人の地上への出口は無数にあるのに、何故ここだと解ったんですかね」
 
ヘイハチさんは、私が感じたその違和感を、そのまま口にした。そして、キッとホノカさんを見る。そう、私が感じた違和感。待ち伏せていた野伏せりを見た時、ヘイハチさんとシチロージさんの言葉で感じた、胸騒ぎ。どうしてここだと解ったのか。それを伝える事の出来る人物は、一人だけ。つまり…、
 
「教えてもらおうか、ホノカ殿」
 
カンベエさんの言葉に、リキチさんと、ホノカさんはハッとしてして顔をあげた。ゴロベエさんが、ご冗談を、と小さく呟く。リキチさんは慌ててホノカさんの代わりに否定する。
 
「な、何言ってっだ!」
 
しかしカンベエさんは続ける。
 
「ここに至るまで一切の迷いがなかった」
「えぇ、確かに」
 
シチロージさんは威嚇するように語気を強めると、槍を手に取り僅かに腰を浮かせた。
 
「こん人は野伏せりに、村さやられたんだぞ!?家族、殺されたんだべさ!」
 
リキチさんは、ありえないと必死に訴える。それはリキチさん自身がそれを認めたくないというようにも見えた。けれど、隣で黙したまま俯くホノカさんを見れば、もう答えは明らかだった。私は何も言えずにホノカさんを見つめる。
 
「生きる為か」
「!、ゴロベエ様まで…」
 
一番親身になって接してくれるゴロベエさんの言葉に、さすがのリキチさんも否定する力を失う。ホノカさんは唇を噛み締めて、何かをぐっと堪えているようだった。思わず、その肩に手をあて慰めようとした時。
 
「責める事はありません」
 
くぐもった様な声が聞こえ、全員そちらへと顔を向ける。シュルシュルというあのワイヤーを巻き取る音が聞こえ、数人の式杜人が、そこに立っていた。
 
「なんだ、話せるじゃないですか」
 
というヘイハチさんの言葉に、思わず心の中で同感する。式杜人はさして気にする様子もなくこちらへと歩み寄って来た。
 
「確かに彼女は野伏せりの草ですが、あなた達を嵌めようとした訳ではないんですよ」
 
リキチさんが、衝撃を受けたような表情でホノカさんを見やる。草、という言葉に、私は首を傾げる。
 
「草?なるほど、野伏せりと通じてたという訳で」
 
ヘイハチさんの声で、なるほど、と納得する。つまり、ホノカさんは内通者として、野伏せりに情報を流していたのだ。でも、なぜ…。ホノカさんは膝の上に置いた拳を固く握りしめ、一身に集まる視線に堪えてた。式杜人はホノカさんを囲むように、その後ろへと立った。私はおずおずと岩壁の方に寄ってもう少し場所をあけようとする。しかし式杜人は片手を軽く上げ、私を止める。
 
「いやいや、そこで結構」
「は、はい…」
 
その無機質な声が自分へと向けられると、少しばかり恐ろしささえ感じる。良いと言われたけれど、私はもう少しだけヘイハチさんの方に寄って、式杜人から離れた。式杜人はそんな事を気にもせず、カンベエさん達に向かって説明を始める。
 
「ホノカを草にした野伏せり達は、俺達の蓄電筒(ちくでんとう)を狙っていたんです。蓄電筒を支配しようとしているんですよ」
「ッ!、知っていたんですか!」
 
蓄電筒とは、恐らく野伏せりと式杜人が取引を行っていたあの電池の様な金属の塊の事だろう。思わず、ホノカさんが声を上げる。しかし振り返る事はしない。その背中に向かって、抑揚のない冷たい言葉が返される。
 
「甘く見ない方が良いですよ…、泳がせて敵を暴き出すのは基本です」
「…っ」
 
カンベエさんが顎鬚を撫でている。何を考えているのか…考えなければならない事が多過ぎる今、私にその判断はつかない。
 
「我々の事は、野伏せりに筒抜けという訳ですか」
 
ヘイハチさんの声はいつも通りに聞こえたけれど、その顔に、笑顔はない。刀に付けられているてるてる坊主さえ、今は無表情に見える。リキチさんは、ホノカさんの傍に手を突いて詰め寄る。
 
「なすてだ?んだばおめぇ、家族殺されたって話しは、嘘か!?」
「…本当です、ただ…」
「ただなんだべ!?」
「妹は、野伏せりに…っ!」
 
それ以上は、溢れ出した涙によって答える事が出来なかった。だがリキチさんや、私達は察する。
 
「やっぱし、おらの女房と、同じか…」
 
その言葉に、ホノカさんは片手を地面について、崩れそうになる体を支える。
 
「あたしが、奴等の言いなりにさえなれば…妹には手を出さないって!」
「そんなもん信ずたのか!」
 
リキチさんはホノカさんを責める様に立ち上がる。すかさず、ゴロベエさんがそれを止めた。
 
「生きて行く為だ」
「おらには…おらには解んねぇ…っ」
「お主の女房も、だからこそ野伏せりの元へ行ったのではないのか。お主に生きてもらう為に」
 
ゴロベエさんの言葉に、リキチさんは拳を震わせ、ぐっと涙を堪えた。
 
「責める事など出来ぬ…」
 
そう言いながら、ゴロベエさんはゆっくりととホノカさんの傍により、その肩に手をやって顔を上げさせた。
 
「某とて、生きる縁を求めて芸に身をやつした」
 
そういえば、と、私はホノカさん達と最初に会った時の事を思い出す。
 
『ご安心を!某、サムライと言っても今はしがない芸人でな』
 
今はもう、侍ではなく芸人として生きているゴロベエさん。シチロージさんも、蛍屋で太鼓持ちとして働いていた。ヘイハチさんは私がここに来た時はもうカンベエさん達と一緒だったから解らないけれど、それでも、ゴロベエさんの言葉を聞いて険しい表情をしている。やっぱり、侍として生きていたのではないのだろうか。
 
この世界、この時代のサムライとは、何だろう。そんな疑問が、ふっと頭を過ぎった。
 
「何を漏らした」
 
カンベエさんがホノカさんに問う声で、私はその思考を止める。
 
「…皆さんが、カンナ村へ向かうと」
「なんつう事を!」
 
リキチさんが声を上げるのと同時に、私達はカンベエさんを見た。野伏せりに私達の事が知られてしまった。そして、その行き先も。村が、危ない。もう一刻の猶予もない、早く村へ行かなければ。そう逸る気持ちを抑えて判断を仰ぐような私達の顔を見て、カンベエさんは顎鬚を撫でながら低く唸った。不意に、横に座っていたヘイハチさんが立ち上がる。その表情が穏やかではない事に気付き、私は小さくヘイハチさんの名を呼んだが、ヘイハチさんは私を一瞥しただけだった。そして、背負った刀の柄に手をかけ、ホノカさんの後ろでいつでも抜ける構えを取った。
 
「で、この女どうします?」
「ヘイハチさん…!?」
 
予想外の発言に、私は驚いて立ち上がる。リキチさんも慌てて、ホノカさんをかばうようにヘイハチさんの前へ立ち塞がった。
 
「どうか、引いてくだせぇ」
「だが生かしておいては式杜人にも害が及ぶ!」
「私らの事ならお気遣いなく…」
 
式杜人はそう言ったが、ヘイハチさんの刀が、鯉口を切る音がする。ヘイハチさんは本気だ。
 
「っ!止めて下さい、ヘイハチさんっ!」
 
私は咄嗟に、ヘイハチさんの袖にしがみ付く。ヘイハチさんはちらりと私に目を向ける。いつもの笑顔じゃない、冷たい視線。
 
「ナマエ殿、離して下さい」
 
その声にも普段の明るさは無く。ただ低く、鋭い怒気だけがあった。けれど私はそれを振り払うように、小さく首を振る。
 
「いいえ、離しません!刀を収めて下さい!」
「貴女も聞いて居たでしょう。この女が敵にどれだけ危険な情報を漏らしてしまったのかを」
「…っ」
「この女のせいでカンナ村の人々は、我々が着く前に殺されるかも知れないんですよ!」
「それは…ッ!そうかも、知れません…でも!」
 
一度は揺らぎ、弱くなってしまった手をぎゅっと握り、必死にヘイハチさんを見つめる。
 
「だからって、ヘイハチさんがホノカさんを斬るのは間違ってます!」
「では誰なら良いと!」
「妹さんの為に必死になっていただけなのに、誰がそれを裁けるというんですか!?」
 
私の剣幕に、ヘイハチさんはぐっと言葉を詰まらせる。他の皆さんも黙って聞いているようだったが、そんな事も気にせず私は続ける。
 
「確かにホノカさんのやった事は、多くの方の命を危険に晒してしまいました。でもそれは、やりたくてやった事じゃない。妹さんの為に、仕方がなかったんです。斬るべきなのはホノカさんではなく、ホノカさんをそこまでに追い込んだ野伏せりではないんですか?」
 
そこまで言って、私はヘイハチさんの袖から、手を放した。そして、カンベエさんの方を向く。カンベエさんはじっと私を見ていた。その目を、真っ直ぐに見つめ返す。カンベエさんならどうするか、私は、解っているような気がした。そして、カンベエさんもきっと、私が言いたい事を解ってくれている。
 
「ホノカ殿」
 
カンベエさんは私から目を離し、ホノカさんを見る。呼びかけられ、ホノカさんが顔を僅かに上げる。
 
「…妹御と会わせよう」
 
その言葉に息を飲み、ホノカさんは声も出せずにただカンベエさんに頭を下げた。リキチさんも振り返り、礼をする。
 
「ありがとう存じますだ!」
 
そのままリキチさんは、私に向かっても頭を下げる。私はカンベエさんをちらっと見て。
 
「野伏せりを討てばおのずと、ですよね?」
 
と言って、小さく笑った。そう、野伏せりを討ち、妹さんを助け出せば、もうホノカさんはこんな事をしなくて済むのだから。ヘイハチさんはまだ少し不満げな声を上げる。
 
「甘過ぎやしませんか?」
 
その言葉に、カンベエさんは小さな笑いを浮かべて言った。
 
「…ナマエの言う通り。裁きはサムライの本分ではない」
「む…」
 
ヘイハチさんの視線を感じて、私は顔を上げる。複雑そうな表情を浮かべるヘイハチさんに、私は思わず自分のした事を思い出して赤くなる。
 
「あ、あの!すみません、知った様な口を…!でも、その…!」
 
先が言い辛くて、私はもごもごと口籠りながら俯いてしまう。あの時、咄嗟に止めてしまった理由は、そんなに深い物ではなくて。ただ、豹変してしまったようなヘイハチさんが、恐ろしかった。目の前で、ヘイハチさんが人を斬る姿を見たくなかった。ただ、それだけだった。そんな私を見て、ヘイハチさんは小さく笑う。敵いませんねぇ、と呟いたのが聞こえると、かちんと刀を収める音が聞こえた。そして、顔を上げようとした私の頭に、ぽすっと大きな手が落ちてくる。
 
「へ、ヘイハチさん…?」
「ナマエさんは、優しいお人ですね」
 
どこか子供を笑うようなその口調に、少しだけむぅっとしたけれど。私の頭を撫でている手が大きくて、優しくて。ちょっとだけ顔を上げると、そこにはいつものヘイハチさんの笑顔があったから。良かった、と、私は小さく安堵した。カンベエさんが式杜人にリキチさんとホノカさんを頼むと、式杜人は声を揃えて承知した。
 
その時、爆音と共に遠くで黒煙が上がる。
 
「!、行くぞ。ヘイハチ、ナマエ!」
「あ、はい!」
「承知しました」
 
カンベエさんの声に返事をして、私も後を追って駆け出す。その方向はさっき、あの紅色の男が歩き去った方だった。
 
 
次へ
 
 
BACK
 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -